ネトウヨと竹の子族の共通点についてもう少し考える

前回、政治はイデオロギーからファッションスタイルになるべきなのではと書いた。思いつき議論だったのだが意外と楽しんで書くことができた。

その中に出てきた竹の子族は最初はサブのテーマだったのだが書いているうちに面白くなってしまい最終的にはタイトルに格上げされた。ネトウヨはよくヤンキー文化と比較されるのだが、竹の子族と比較すると色々と面白い類似点が出てくる。リテラシーやセンスのない人たちが自分を大きく見せようとすると「ああなってしまう」という共通点がある。ネトウヨは間違った歴史観をどうどうと語り、竹の子族はいっけんきらびやかな化繊の洋服を着ている。だが、どちらもある意味「こけ脅し」である。

今回は少しだけ竹の子族について調べてみたい。竹の子族は原宿の歩行者天国で踊りだした人たちの総称で多いときには2000人くらいが50人程度の小集団に別れていたとされている。きらびやかな化繊の衣装にはハーレムスーツという名前がついており、これを売り出した店の名前がスタイルの名前になっているのだそうだ。(ファッションの歴史 竹の子族の歴史)これがテレビで紹介され多くの観衆を集めて社会現象化した。

書籍「東京ファッションクロニクル」によると、竹の子族は新宿や六本木などのディスコに入り浸っていた未成年が母体になっているという。大人の真似をしていたが未成年だということが露見してストリートに追い出されたのである。この本において竹の子族は「1970年代のファッションの大衆化」の一番最後のトピックになっている。ストリートと文化が一体化していた最後の世代である。

1980年代にはカラス族、渋カジなどの別の「族」が出てくる。これまでは東京のエリアとスタイルが結びついていたのだが1980年代になると雑誌などの媒体がスタイルをまとめるようになった。続く1990年代には「本物の」洋服が入手できるようになったが、西洋向けに作られたものをぶかぶかのままで着ていた。こうしたファッションのトレンドは21世紀になると消えてしまう。東日本大震災が起こる頃にはトレンドそのものが消えてしまうのである。デフレでファッションが売れなくなったという人もいるが、それぞれがアーカイブの中から好きなファッションを選ぶという個性化の時代に突入したとも考えられる。

昭和のファッションが族になるのは帰属意識があったからである。今風の言い方をすればアイデンティティということになる。つまり、街や集団に相応しいスタイルがあり、そこにいけばスタイルの一部になることができたという時代である。1970年代は音楽や街が帰属意識と結びついていた。1980年代になると「デザイナー」や「ブランド」という別の帰属意識が生まれる。最終的に行き着いたのは「それぞれが好きな格好を選択する」という時代である。つまり、ファッションは2010年代頃から「個人主義」の歴史が始まると解釈することができる。人々は少なくともファッションにおいては集団に頼らなくてもやって行けるようになったのである。

その意味で日本の今の政治状況は昭和のファッションに似ている。政党という集団があり、そこに帰属することで所属欲求を満たすといえるからだ。前回までは家産共同体という実用的な側面から日本の政治を見たのだが、今回は、安倍首相を応援して見せることによって所属欲求を満足させていると解釈している。対するリベラルは野党の再編が進まないために所属欲求を満たすことができない。これが「共産党と組んででも安倍首相を倒すべきだ」という苛立ちにつながっているのだろう。

竹の子族ファッションの特徴は「和風」ということであるが決して着物ではなくどことなく暴走族の衣装に似ていた。シルエットはだらしなく着崩されており、派手な色の化繊を使ったステージ衣装の色合いが強かった。昭和の若者は今よりも貧弱な体つきをしており体型を隠す必要があったのだろう。また服飾に関する知識はなかったが化繊を使えば安くてビビッドな色を出すことができたので、あのような衣装になったものと思われる。チームによって意匠が違っていたそうである。だが、こうしたファッションに観るべき価値はなくのちの世代に継承されることはなかった。

竹の子族は「和風ではあるが決して本物の着物ではない」。反社会勢力から不良までアンダークラスの人たちがなぜ和風の衣装に惹かれるのかはよくわからないのだが、服飾に対する知識がないので安易に「伝統」の持っている威厳に頼ろうとしたのかもしれない。一方で和装と洋装の統合に成功した人たちもいる。パリコレには和装にインスパイヤーされた衣装がたびたび発表されており人々の関心を惹きつけている。色数を制限した「シックさ」を体現した衣装はのちに「カラス族」と呼ばれる別の種族を生んだ。彼らは正しく和装を理解して洋装に取り入れている。だが、結果的には竹の子族もカラス族も絶滅してしまった。

竹の子族は個人の力を信じていないので集団で均一化した振り付けで踊っていた。これも政治家の意見をコピペして騒いでいるネトウヨに似ている。

一人ひとりは地味であまり技量もないのだが集団で集まることによってそれなりに見えるという仕組みになっており、それを眺める人がいるという構造があることがわかる。こうした戦略はAKB48や「モーニング娘。」にも引き継がれている。モーニング娘。はもともとはオーディションに落ちた人たちの集まりだが、オーディションに合格した人たちよりも人気が高かった。

これも実は特異な文化である。ヨーロッパ演劇ではコーラス(もともとギリシャ演劇のコロスに由来する)はメインキャストと厳密に区別されている。韓国のボーイズバンドでもメインになる集団とサブの踊り手たちは衣装で区別される。ところが、日本ではEXILEのようにバックダンサーがメインのパフォーマーに格上げされたりAKB48のようにもともと区別されないという文化も並存している。日本人は個人よりも集団が群れているのが好きなのである。

さらに、実は踊っている人たちよりも周囲で見ている人たちの方が多いという特徴もある。個人に技量がないので個人では輝けないのだが、実際には踊ることもしない大勢の人がいて「本格的な人たちよりも親近感が持てる」といって群舞を支持するのである。

よく日本は集団主義だなどというのだが、日本の集団には強力なリーダーはいない。何となくみんなが集まってそれをみんなが眺めるという核のない共同体である。ファッションという文脈でいうと「西洋流の洋服はなんとなく敷居が高い」ので伝統に回帰しようとしたが結果的に自己流になってしまったということになる。つまり、個人の自信のなさが伝統につながっているのだが、かといって伝統も理解できていないので自己流に解釈しているということである。

EXILEのようにパフォーマーが技術を磨くことでメイン化する例もあるが、ただの群舞に終わってしまう集団は周囲から見るととても「ダサく」見えてしまう。だから周囲には広がらずそのまま衰退してしまうのだ。竹の子族が衰退していったようにネトウヨもやがて衰退する運命にあるといえるだろう。ネトウヨ的言動を磨いて思想化するという動きはないからだ。

これといった伝統がない地域が伝統的な街のイベントを復活させようとして広まったものに「ヨサコイ」がある。地域おこしのために作られたB級グルメのような伝統である。ヨサコイの衣装にもどことなく特攻服的な匂いがある。フリーで利用できる和風の柄を使い体型を隠すためにダボダボに作られているから同じようなものになるのである。だが、竹の子族の衣装と比べるとかなり整理されて様式化されている。ダンスとして個人の技量は必要とされないので、スターヨサコイプレイヤーが出てきてセンターで踊るというようなことはない。ヨサコイという和風な名前がついているがひらがなのよさこいではない。日本の「保守」の伝統も実はカタカナの「ホシュ」なのかもしれない。

竹の子族が出てきた1979年というのはバブルの入り口にあたる。同じ頃に出てきたのがDCブランドブームである。個人がデザインの入った洋服を劇場化した渋谷の街を歩くというような文化が生まれるのだが、これに乗れなかった人たちが少し外れた原宿に集まったのだろう。

日本はすべての人が同じ生き方をする時代が終わり、一人ひとりが個人の政治的意見を持たなければならなくなってきているのだろう。それに乗り遅れた人たちが乱暴な意見を「自分を大きく見せることができる」として支持しているのがTwitterにおけるネトウヨ的言動の正体なのではないだろうか。多分、こうした派手な言動は放置していればやがて消え去ることになるだろう。第一に自身のなさから出てきた擬似思想なので自信がつけば誰も支持しなくなる。さらに、集団で群れれば群れるほど異様さが際立つようになる。

ただ、自民党にこうしたネトウヨ議員が集まるという点については注意深く見守らなければならないのかもしれない。安倍首相には統治の意欲や見識がない。この意欲や自身のなさが同じように政治的意見を持てない人たちを引き付けるのだろう。つまり、自民党が自ら進んでスラム化していることになる。スラム化が進めば進むほど普通の人は自民党を放置するようになるだろう。一部では政策論争を避けるために周辺候補を恫喝しているという噂もある。安倍首相は政策論争では石破茂に負けてしまうので周囲を威圧して権力を手に入れようとしている。いわば竹の子族がパリコレに殴り込みをかけるようなものであろう。そして、代々木公園の群衆に支えられた自民党はパリコレに勝ってしまうのである。

やがてこの政治的な虚しさは解消されるのだろうが、その後に出てくるのは多分「本格的な政治」にはならないのではないかと思う。日本人にも有名なデザイナーがいてヨーロッパでも高く評価されている。だが、日本人が選んだのはユニクロだった。ただ、ユニクロが悪いというわけではなく、人々が「自分の思うようなスタイルが選べる」ことになり、過激で不恰好なだけのスタイルはかつてのようには流行しなくなった。こうして一人ひとりがリテラシーを高めて行くことによって、過激な意見が抑えられることになるはずである。

Google Recommendation Advertisement



4釦ジャケット・5釦ジャケット

古着屋でComme Ca Ismのコットンジャケットを見つけた。108円だった。よく見るとボタンが4つ付いている。4釦ジャケットだ。「これはどう着ればいいのか」と思った。

他にもスタンドカラーのコットンスーツが売られていた。普通に4釦として着ることもできるが、襟を立てると5釦としても着られるというものである。こちらはSHIPSのもので500円で売られていたものである。

今ではすっかりなくなった多釦スーツだが、以前はちらほら見られたのかもしれない。メーカーにとっては迷惑なのかもしれないが、型番を伝えると発売シーズンと当時の値段を教えてくれる。いつ頃流行したものなのかを調べると、どちらも2003年から2004年のシーズンに作られたものらしい。

メーカーよるち、当時のルックブックなどは残っていないということだ。ある程度時間がくると処分してしまうのだそうだ。さらにネットは今ほど発達していないのでウェブ上にもルックブックは残っていない。手持ちのカタログを調べてみると、DNYKの1997年のカタログとGian Franco Ferreの2000年のカタログに4釦ジャケットが見つかった。さらに調べると1997年のVersaceのカタログにも4つ釦のものがある。この頃にリバイバルとしてウール素材の多釦スーツが扱われていたことがわかる。ちょうどクラッシックな3釦が標準だった頃なので、このような多釦スーツが扱われる余地があったのだろう。DNYKは上二つ掛けにしており、Ferreは三つ掛けにしていた。今でいうチェスターコートのような着方をして縦長のラインを作っているものが多いような印象を受ける。

そもそもいつ頃からこのようなトレンドが始まったのかと思い、図書館で’50s&’60s メンズファッションスタイルという本を取り寄せてみた。

無難なグレーのスーツの中にも4釦が見られるし、オランダが提案しているというTwen Lookというスタイルの一部として4釦スーツが提案されている。この頃には洋服を部品にするような「コーディネート」という考え方は一般的ではなかったようだ。代わりに変わった形のスーツを着るという文化があったことになる。

もともと多釦スーツがあり、それが1990年代にリバイバルした。最終的にコットン素材のカジュアルなジャケットに降りて行き、最終的に消えてしまったことになる。

こうした釦の変遷はある程度西洋の流行を参考にしている。しかし、日本独自で発展した流行もある。日本は大きめの体型の人が多い西洋からスーツを輸入したためにオーバーサイズのものを着るのがかっこいいという時代があった。バブル期には誰もが大きめのスーツを着ていた。ここから揺り戻しがあり、今度はタイト目のスーツが流行する。現在ではこれも収束しオーバーサイズの衣服が流行面では主流になっている。

面白いことにアメリカのファッション指南のウェブサイトを見ると「サイズを合わせる」のが絶対条件になっていてオーバーサイズという概念そのものが存在しない。Fitting Clothesというサイトは次のように言っている。

If you see a man wearing tight fitting clothes on the street, chances are you peg him immediately as ‘gay’ or a self-involved metrosexual. If you see someone wearing baggy or loose clothes, you think of them as sloppy and not someone you would trust to get things done (if they’re at the office).

一時期流行したメトロセクシャルだが、今では日本語でいう「ナルシスト」のような扱いを受けているようだ。1994年の造語であり、2000年代に流行したということだ。タイト目のスーツはナルシストかゲイであり、一般男性は体にあったサイズの服を着るべきだと主張されているのである。

特に若い日本人は体つきが平坦なのでオーバーサイズにした上でレイヤードするという選択の余地があるのだろう。「ストリート系」や「モード系」のファッションサイトなどを見ても、BEAMSのカジュアルカタログもオーバーサイズ全盛だ。日本人は保守的とされているのだが、こと洋服に関しては東京は革新的な都市なのかもしれない。アメリカ西海岸をモデルにしているSAFARIも日本のオーバーサイズの流行を無視できなくなったのか「ジーンズは太いほど余裕があるように見える」などという記事を出している。

4釦ジャケットなど今では全く見なくなったと書きたいところなのだがオーダーメイドなどでは4釦スーツを作っているところもあるようだ。どちらかというと若い人が着るということなのだが、実際にオーダーする若者がいるのかどうかはよくわからない。

またMen’s Clubの2017年4月号の中にも4ポケットタイプジャケットの特集があり、この中に4釦のジャケットが見られた。こちらはテーラードジャケットのように着ることもできるというような提案の仕方になっており、仕事着という位置付けではないようである。タイドアップしてチノパンツと合わせるなどの提案が見られた。ただしそれほど広がっているとは言えないようでWEARには着用事例がなかった。このように多釦スーツやジャケットをリバイバルさせようという機運はあるものの、なかなか着る側が乗ってこないということなのかもしれない。

ただ、最近ではチェスターコートのような長めのスーツ型のコートも流行している。こちらは釦の数が多いものもある。釦が多いほどクラッシックな雰囲気になるので、また釦の数が多いスーツが流行することがあるかもしれない。

Google Recommendation Advertisement



シングルマン

よく多様性などという言葉を使うわけだが、概念的なことばかりだとよくわからない。シングルマンはマイノリティとされる同性愛を扱った映画である。現在はオープンに語られることもある同性愛だが、キューバ危機当時のアメリカではやはりおおっぴらに語られることはほとんどなかったようだ。しかしながら舞台がロスアンジェルスというオープンな都市なので全く隠しているというわけではなく、隣人は「多分そうなのだろう」ということがわかっている、という状態である。

コリン・ファースが演じる主人公は2つの意味で異端者である。第一に同性愛であり、イギリスからロスアンジェルスに移り住んだ外国人でもある。大学の先生をしていてあまり優秀でない学生に文学を教えている彼の人生は味気ない。

ここで扱われるテーマの一つは「同性愛は本物の恋愛なのか」というようなことだ。主人公は女性を愛することができるので選択的に同性愛を選んでいる。また16年連れ添った恋人を交通事故で失っており、その穴を埋めがたいものとして感じている。さらに現在でも付き合うことができる女性もいる。これらの条件から同性愛は異性愛の代替物ではなく、本物の愛なのだということが主張されている。

出てくる登場人物はみな美しい。というより、その端正さを見たいためにこの映画を手に取る人の方が多いのではないかと思う。よく知られているようにトム・フォードは自身のブランドも手がけるデザイナーで、登場人物の衣装もいくつか手がけている。やはり衣装はどれもすばらしく、男性の個性を引き出し美しく見せている。トム・フォードが手がけるのは多分自身を投影しているだろう主人公と、主人公の熱烈な信奉者である学生の衣装なのだが、学生の方はフワモコの白い衣装をつけている。多分、AKBの推しメンに「こういうのを着てほしいなあ」というのと同じような感覚なのではないかと思えるほどだ。

いくつかの映画評をみると「これはゲイを扱った映画ではない、人間を扱った映画だ」とか「男女の関係ではありえないプラトニックさを扱っている」とか「コリン・ファースはゲイの役ではなかった」というものがみられた。が、残念ながら男性は欲望の対象だと考えられており、肉体関係に及ぼうとする描写も見られる。そのため、ある種のポルノ映画っぽさ(よく言えばイケメンのプロモ映画)が残っている。

すべての登場人物が否応無しにモテてしまうので、この映画にはいわゆる歌舞伎町的なくねくねしたおかまっぽさもないし、逆にハードゲイ的な過剰なマッチョさもない。さらに登場人物たちが自分たちの存在を誰かに認めてほしいという過剰な欲求もない。これがこの作品の世界を美しく守っている。

だが、主人公と男性たちはすぐさまお互いが「特別な人たち」であることを見抜いてしまい、恋愛関係に進んでもいいかなと思ってしまうようである。つまり、ものすごくモテるわけだが、これが現実的に起こり得るのかというのはよくわからない。その意味ではゲイのファンタジー映画になってしまっているようにも思える。

ここからゲイというのは他の人たちとは違った特別な人たちなのだというような意識が見られるのだが、これが意図されたものなのかそうでないのかはわからない。見方によっては、トム・フォードが考えるゲイ社会とはルッキズムで形作られた一種のエリート社会であり、醜い人間が入り込む余地はないとも言える。

一方、作中では隠れたマイノリティとしての同性愛者が一般の人たちには恐怖の対象として捉えられてしまうのだというような主張がある。これもマイノリティの被害者意識からきているのか、それとも実際の感覚なのかということはわからない。つまり、外見による階層でのエリートでありながらも、一般の価値観と共存できないのではないかという被害者意識も抱えているようである。

一般にマイノリティというと「多数派に虐げられるかわいそうな人たち」という印象を持ちがちなのだが、実はマイノリティの中にも価値の階層があり、それがマジョリティとの間に軋轢を生む可能性があるということになる。もちろんトム・フォードはそのようにはとらえず「得体の知れない人たちに感じる恐怖なのだ」と主張したがっているのかもしれない。

劇中に出てくるハクスリーは「すばらしい新世界」というディストピア小説やLSDに対する関心で知られているようである。すばらしい新世界はルッキズムと知性で形成された階層社会であり、人々は副作用のない薬物で幸福を得ているという設定なのだそうだ。原作者のクリストファー・イーシャーウッドはイギリスからロスアンジェルスに移り住んだ同性愛の作家である。

この映画は考えようとするといろいろなことが考えられる映画ではあるのだが、題材がきれいなだけにその背後にある主張を受け入れるのはなかなか難しいのかもしれないと思った。実際には美しい男性を鑑賞する映画として楽しんでみたほうが良いようにも思えるのだが、コリン・ファースは中年期に差し掛かっており、ようやく作品世界をぶち壊さない程度の肉体を持っている。

なお、映画を見ている時には全く気がつかなかったのだが、隣にいる人たちがやたら攻撃的なのはマイノリティの人たちが経験する多数派の悪意や攻撃性を象徴しているのだと解説している人がおり、なるほどなと思った。

また、この映画を見る前に結末を知っていたのだが、知らないでみたほうがよいのかもしれない。知ってしまうと、すべてが予定された調和の中で進行していると思えてしまうからだ。

Google Recommendation Advertisement



ファッション写真の右と左

ファッション写真を見ていると、右脚に重心をかけて立っているケースが多いように思える。特にカタログだとその傾向が顕著だ。だんだん気になって右と左について調べてみることにした。

ファッション写真に携わる人はアートの歴史について学んでいるはずだからという理由で、まずはギリシャ彫刻について調べた。

7世紀中頃から前5世紀前半にかけて制作されたクーロス(青年像)は左脚を前に出しているが、体重は均等に乗っている。このころの神の立像も重心は均等になっている。シンメトリーな方が神々しく見えるからだ。仏像もギリシャ彫刻の影響を受けているのだが、仏像は今でもシンメトリーである。あまり派手なポーズがついた仏像を見たことがある人はいないのではないだろうか。ありがたみが薄れるからだと考えられる。仏像が左右対称性を崩す場合、顔は大抵怒っている。荒々しさを表しているものと考えられる。

ところが、彫像の対称性は徐々に失われる。どちらかに重心がかかったポーズをコントラポストといい、紀元前480年ごろの「クリティオスの少年像」が初出だと考えられている。足部が失われおりどちらが支脚なのかはわからないが、左脚が支脚になっているものと思われる。筋肉の動きを見ると体重の乗せ方も均一ではないそうだ。

紀元前360年の「幼児のディオニュソスを抱く神ヘルメス」では、右脚が支脚になっている。左側に開いており、左に支えが置かれている。時代はアルカイックではなくヘレニズム期に入っている。ミロのビーナスも右脚支脚で左側(画面でいうと右側)に開いている。ギリシャ世界では神に人間味を与えた方がより信仰されるだろうという考え方があったのかもしれない。

しかし、このポーズは運動機能的な利き足を模写しているというわけでもなさそうだ。例えばディスコフォロスではディスクを左手に持つので、左支脚になっている。ドリフォロスではは槍を左手に持って右支脚になっている。

いずれにせよ、コントラポストは右支脚が基本になっており、これがローマ時代に盛んに模写されることとなる。こうしたお手本をカノンというのだそうだ。

だが、ファッション雑誌において、右を支脚にし左を遊脚にするという厳密な決まりごとはないようだ。同じ側ばかりだと退屈になってしまうので、時々入れ替えたりしている。また日本にはギリシャ彫刻の影響はそれほどないようで、日本のモデル事務所の場合ポートフォリオの写真がほとんど左支脚になっている人もいた。

さて、写真の中には脚を肩幅に開き均等に立っているものもある。正三角形が作られるので安定して見えるのである。ここで変化をつけるために体をどちらかに傾けることがあるのだが、左(画面で見ると右になる)を前にしているケースが多いように感じられた。似たようなポーズはボクシングで見られた。右利き選手の場合、パンチを打つ方の手が奥になり、左を前にしたスタンスになる。写真の場合殴り合うわけではないのだが、自然に左側を前にする(正確には利き手側を奥にする)ということになるのかもしれない。

演劇には上手・下手という表現がある。画面で見て右側が上手だという。優位になっている人は上手におり、劣位の人は下手にいるという約束事があるそうだ。登場人物は大抵上手から出てきて下手に下がって行く。ということで写真でも優位にいる人を画面で見て右側に置くことがある。スティル写真でも左にスペースを開ければ登場人物を引き立てつつ背景を説明することができる。

しかし、これもすべての演劇がそうというわけではない。例えば、戦争という運命に翻弄される「肝っ玉おっかあと子供達」では、巡回馬車は画面の右に向かって進んで行く。スーパーマリオブラザーズも左から右へと動く。このようにして少なくとも演劇では左右は重要な意味を持っていて、知らず知らずのうちのその常識を受け入れている。

こうしたテクニックはインスタグラムの写真などでも使える。例えば悲しい感じや圧迫された感じを出したければ、左から右へと上がって行く背景を選び左側に立つことで、圧迫感を演出することができるだろう。こうすると画面の左下にいるような印象を与えるからだ。逆に右側に立って(写真を撮る時には左側に立つことになる)左画面を解放すると、その場所に到達した達成感を表すことができるかもしれない。

政治ポスターでもこうした左右が使い分けられている。アベノミクスで困難に立ち向かうというポスターでは安倍首相は画面の左側にいて右上を見ている。一方で首相として権威付けたいときには画面の左が解放されているという具合だ。本人が意図していないものもあるかもしれないが、そう見えてしまう。

「民衆を導く自由の女神」でも市民は画面右に向かって進んでおり、中央よりやや右側に自由の女神が立っている。これは苦難に立ち向かう市民というようなニュアンスがあるのかもしれない。

Es Lebe Deutschland(ドイツよ永遠に)で検索するとヒトラーの画像が出てくる。この絵はハーケンクロイツを掲げて画面の中心に立ったヒトラーの背景に翼のような物体があり後光が差している。天に守られて前進するヒトラー像というものを演出しているのだろう。

このように画面の左右中央と上下を使い分けることは政治的プロパガンダでもよく使われている。私たちはこうしたメッセージに知らず知らずのうちに従っているのである。普通に構図を切っている分にはあまりこうした類型にはまる可能性は低いかもしれないのだが、知らないうちにはまってしまうことがあるかもしれない。逆に、意図的にこうした構図を利用することで面白い写真が撮影できることもあるだろう。

Google Recommendation Advertisement



おじさんたちはこうやって時代に取り残されてゆく

この夏は何が流行っているんだろうと思い、WEARのランキング一覧を覗いてみた。すると上位のコーディネートは白いTシャツに普通のパンツというコーディネートだった。一瞬「最近の若者は貧乏だからこういうシンプルコーデがいいんだな」などと思ってしまった。が、実際に持っているTシャツやカットソーを着てもこうはならない。おじさんで体型が違うからなんだろうなあと諦めて終わりになった。

今回のお話は、POSデータだけをみていると、若者の動向などがわからなくなるよというお話である。

そうこうしているうちに、Tシャツについてちょっとした発見をした。いくつかのオンラインファッションサイトが手持ちのアイテムと売っているアイテムを比較してくれるサービスを導入している。どうやらデータベースは共有になっているらしく、一箇所で登録しておくと他の場所でも比較ができる。面白そうなのでいくつか登録してみた。

この登録がかなり面倒だ。着丈や袖といったデータを登録しなければならないのは仕方がないとして、幅を3箇所計測しなければならない。面倒だなあと思ってやってみたのだが、そこで発見したのは、ものによって、幅というのがまちまちだという事実である。あるTシャツは脇の下が52cmで一番下が57cmくらいあったりする。つまり、台形になっている。一方でユニクロやGUのようにあまり変化がないものも存在する。こちらの方が作るのは簡単そうで生地の無駄も少ないのではないだろうか。実は、これがシルエットにかなり影響を与えている。台形になっていた方がゆったりとしたシルエットが作れるのである。この緩い感じが重要なのだ。

改めて流行のランキングを見てみると、流行しているのはゆったりとした印象を受けるシルエットだということがわかる。つまり、ランキングをつける人たちはどうやらそれがわかっていて投票しているようなのだ。

もちろん、サイジングが重要ですよなどという人はいるわけだが、どこが大切なのかを教えてくれる人はほとんどいない。つまり、そういう情報や了解は若い人たちの間にだけ流通しており、商品を企画する大人にはあまり知らされない可能性が高い。

実際にいくつかのサイトで手持ちのTシャツと売れ筋のTシャツを比較してみたが、今は裾にかけて広がっている「デザイン」が流行のようだ。

50歳台の人たちはバブルを経験しているのだが、アパレルというと海外から輸入されたハイブランドを意味していた。そこで高級ブランドや使っている生地などのストーリーには極めて強く反応する。その一方で輸入品なので日本人の体型には合っていなかった。このためサイジングには無頓着になりがちなのではないだろうか。

ユニクロのようなメーカーは大量に品物を捌く必要があり、その裁断も単純なものになりがちであろうと予測できる。デザインの専門家と違って一般人は「色や形を工夫すればデザインになる」と思いがちだ。同じようにユニクロもサイジングにはこだわれないぶん、企業のロゴマークをつけた色とりどりのデザインを好む傾向にある。

つまり、見ている人によってものの本質は全く異なっているのだが、過去に成功体験があったり、企業の都合などが加わると、それがわからなくなるのではないかと思う。

こうやって時代に遅れて行くのだなあと思った。

この話の厄介なところは、ソーシャルリスニングなどをしても、視点が発見できないという点である。そもそも仮説を立てる時点で「どの色がいいのか」などとやってしまうと、サイジングなどの視点が抜け落ちてしまうからである。

と、同時に店舗で服を買うという人は減ってゆくかもしれないと思った。お店でメジャーを持って洋服を買っている人がいたらそれは確実に変な人だが、スマホが登場した現在では人目をはばからず洋服のサイズを比較できるわけだ。もともと凝り性で「オタク気質」と言われる日本人には、実は細かいサイジングの追求というのは極めてのめり込みやすいトピックなのではないかと考えられる。

Google Recommendation Advertisement



ズボンにシャツを入れるのはどうしてダサくなったのか

先日、Men’s NON-NOの1989年3月号を手に入れた。当初の予想通りゆったりとしたスーツを着ている人が多い。そもそもスーツを普段着にするというのは今ではありえないことでバブルを感じさせる。当時の人にこれが贅沢品だという認識はなかったはずだが、経済状況が悪化し、2009年にはユニクロでもいいのではないかという「ユニバレ」が提唱されそのまま定着してしまった。

当時のスタイリングで特に目を引くのは腰よりもかなり上にあるパンツだ。シャツはほとんどすべてがたくし込まれており、中にはトレーナーを中にたくし込むコーディネートさえある。当時はこれが当たり前だったのだ。

面白いことに2004年のMen’s NON-NOを見てもシャツはたくし込まれており、2008年になるとシャツが外に出ている。つまりMen’s NON-NOだけを見るとシャツを出すようになったのは2004年から2008年までのどこかということになる。古い雑誌はオークションで落としてくるしかないので、この間に何があったのかを連続して調べるのはちょっと難しそうである。

そこで目を移してインターネットの記事を調べてみることにする。タックインという言葉を時代を区切って検索するのだ。すると面白いことがわかった。2003年以前にはタックインという言葉はあまり一般的ではなかったようなのだが、2003年から2005年頃に突然と語られるようになる。どうやら秋葉原と結びつけて語られているようである。当時のアキバコーデについての認識はこんな感じだがこれはオタク差別としかいいようがなく、胸が傷んだ。

この認識が全国的に知られるようになったきっかけは脱オタクファッションガイドのようだ。ここでオタクはチェックのシャツをたくし込むという偏見が一般化してしまったらしい。そこで「シャツをタックインするのは」オタクみたいで格好悪いということになったのだ。その頃のオタクは気持ちの悪い存在とされていた。バブル期のオタクは差別の対象で、1988年から1989年に起きた宮崎勉事件などが記憶に残る。当時の世間はイタリア製やDCブランドのスーツを着て浮かれていたので、想像の世界に引きこもっているオタクは差別されたのだ。

大学生の当時妙に優しい先輩から紹介された経営学部の友達に渋谷のマルイに連れて行かれたことがあるのだが、今から思うと「服装をなんとかしろ」ということだったのだろう。だが、当時は気にさえしなければ特に自分たちの存在がおかしいとは思わなかった。Twitterはないので、世間がおっかけてくるということはなかったし、テレビは別世界の出来事だと思っていた。W浅野などが出てくるトレンディードラマを見ていた記憶はあるのだが浮世離れした恋愛ドラマを見て「あれはテレビだろう」と思っていた。

だが時代は徐々に変わってくる。「脱オタク」が叫ばれた当時は、2チャンネル発の小説「電車男」(参考資料:電車男 スタンダード・エディション [DVD])が話題だった。出版は2004年で「シャツをタックインするオタク」という像は山田孝之が広めたのかもしれない。さらに「オタクは差別される」という認識が一般化し「脱オタ」しなければならないというプレッシャーが生まれたのではないだろうか。何らかの理由でトレンドと一般が接近したのかもしれないのだが、景気が良かった時に許されていたサブカルチャーの存在が許容されなくなってきてるという事情があったのかもしれない。

個人的にはビジネスでアルマーニなどを着ていた。バブルの記憶を引き摺るソフトスーツだがこれにTシャツを合わせることもあった。つまりやはりトレンドからはズレていて「アルマーニ着てればオシャレなんでしょ」というマインドを持っていた記憶が残る。故に世間で何が流行っていたのかという記憶が全くないし、私服は今から思うとひどい格好だったのだが、渋谷西武などで服を買っていたので、今でもD Squared2などの「何でそんなブランドを知っているのか」というような服を持っている。

その後、ジーンズのローライズ化が進行し、一旦裾が広がり男性っぽいシェイプが好まれるようになる。その間もシャツをズボンに入れるのはオタクだという認識が強かったようだ。意外なことに2008年の2チャンネルには「シャツをズボンに入れるのはメンノン厨だ」という書き込みが見られた。また、メンズクラブはシャツインでもかっこいいという書き込みがあり、ファッション雑誌と一般が必ずしもリンクしていなかったことがわかる。つまりファッションとしてはかっこいいが普通の人は真似できないという認識があったようである。ジーンズはスリムストレート化が進行する。アバクロの銀座上陸が2009年だ。

2009年にはシャツをインしてはいけないのではないかという人がいる一方で、エディ・スリマンはタックインでもかっこいいではないかという記述が見つかった。この記事では流行としては遅れている(別の言い方をすると教科書的な)SMARTはタックアウトが主流とされる一方で、ハイウエストにタックインはやめたほうが良いという記述も見られた。さらに昔はシャツをタックインすることが秋葉系で今はシャツの裾を出しているのが秋葉系(電車男以降)とも書かれている。この間わずかに5年であるが、個人的な記憶と合致する。つまり、ラガード層も一足遅れで流行を追いかけるのだ。

ところがこの頃からMen’s NON-NOはタックアウト化が進展し始める。2008年のものでは短い丈で切り落としたようなシャツが増えてゆく。タックアウトされたシャツはやがて裾が長くなり最近ではロングシャツを合わせるというコーディネートも出ている。

このように一般と乖離していたトレンドだが、画期的な動きが起きる。2009年にユニバレという言葉が出てきた。ユニクロはマス層が着ていて無難な「教科書的な」服装だが、これが全国的に展開され「もうトレンドは追わなくて良い」ということになったのだ。

服に興味がない人が服を勉強しようとすると、渋谷のマルイに行ってトレンドを観察した結果、これは難易度が高いなあと考えて、その中にある無難なものを選んでくるという過程を辿るのだが、ユニクロに行けばそういう苦労はしなくて済むようになった。だが、当時はユニバレを避けるためにインナーだけをユニクロ二するという人が多かったようだ。つまりアウターはまだ既存の服が選択されていた。これもなし崩しになりやがてはMen’s NON-NOすらバリュー服の特集を組むようになる。

自分で撮影した2011年の秋葉原の写真をみるとシャツは外に出してる人が多かったが、これはこれで格好が悪く見える。秋葉原に集まる人は肥満体型の人が多いからだ。逆にどんな格好をしてもだらしなく見えてしまうのである。

さらに5年程度たつと状況がまた変わっている。2014年にはシャツをタックインしてドン引きしたという女性の声が語られており、2013年のMen’s NON-NOはタックアウト全盛である。しかし、その後「モデルたちは次のスタイルを実践している」というような特集が組まれる。古着を使ったビンデージ風コーデが好まれててタックインした服が選択されだす。2015年には、タックインするとカジュアルファッションが格上げされるというような書き込みが見られる一方で、スタイルが悪い人がやると様にならないというようなアドバイスが見つかった。

現在では状況が完全に逆転しており、スタイルがいい人はハイウエストの服をタックインするが、スタイルが悪い人は足の短さがバレるのでシャツを出してシャツとパンツの境目をごまかしたほうが良いのだというように理解されることが多いようだ。1989年にはみんなタックインしていたのだからおかしな話なのだが、タックインが「憧れの対象ではあるが、普通の人はちょっと真似できない」という位置付けになっている。

また、数年前まではファストファッションすら戸惑っていた人たちが古着を選択するようになっている。つまりデフレがどんどん進行しており、アパレルそのものがトレンドから遠ざかって行くという動きが見られる。するとトレンド側が一般を追いかける(つまりモデルが古着を着る)という動きが見られるのだ。

シャツをタックインすると格好が悪いとされたのはスタイルの悪いオタクの人たちが流行がわからないまま取り残され、それがメディアで誇張されたからなのだろう。それが一般常識化して固定したのだと考えられる。しかし、後発層がキャッチアップすると今度は逆転現象が起こる。つまりファッションにはトレンドセッターだけでなく、逆トレンドセッターのような人たちがいる。しかし、そのどちらでもない人たちも存在し、そのどちらでもない層を追いかけて古着屋が増えるとトレンド側が古着を追いかけるようになるといった三極構造になっているのではないかと考えられる。

Google Recommendation Advertisement



流行と売れ筋は違う

「安倍首相の支持率が高いのはおかしい」という人がいる。トランプが大統領になれるはずはないという人も多かった。しかし、実際には安倍首相の支持率は高く、トランプは大統領になった。これは「アンケート」や「マーケティングリサーチ」がいかにあてにならないかの事例になっている。これを構造的に解説するのは難しいのだが「何が何だか分からない」というわけではないので、全く異なる事例からいろいろ観察して行きたい。
ファッションには流行がある。色々な人が色々なことを言っている。

WEAR

ここのところWEARというファッションSNSに投稿を続けている。なぜか「だらしない格好」を投稿すると評判が良い。最初はからかわれていると思ったのだが、どうやら「ゆる」ブームが来ているようだ。具体的にはワイドパンツやライズの高いジーンズなどが「来ている」ようだ。これはMen’s NON-NOなどがユルブームを牽引しているからだ。面白いことにMen’s NON-NOはしばらく前からこれを押しているのだが火がつくまでに数年かかった。雑誌が単独で押しているわけではなくドメスティック系のファッションコミュニティの意向があるのだろう。
ところが実際に閲覧されているのはウルトラライトダウンなのだ。つまり、ファッションコミュニティで評判がいい服と、実際に見られている(つまり購買の候補になっている)服は全く異なっているということがわかる。

Men’s NON-NOは売れていない

本屋に行ってきた。今一番売れている男性向け雑誌はSAFARIでMen’s NON-NO次ぐらいに来るのではないだろうか。確かにSAFARIは平積みされているのだが、Men’s NON-NOは1冊置かれているだけという店がある。代わりに置かれているのが、地方の若者(周回遅れで流行が来る)向けの雑誌だ。BITTERなどが置かれている。この一昔前の世代にはMen’s Eggを読んでいたのではないだろうか。
日本の男性服の流行には二軸ある。ファッション知能指数(そんなものがあるのかどうかはわからないが)高めの人たちとそうでない人たちの流行だ。そうでない人たちが「キレイめ」にキャッチアップしたころにはファッション上級者は飽きているのである。そして、ファッション上級者は今「古着」を見ている。過去の流行がアーカイブされていることがあるからだ。だが、これも都市の流行なのではないかと思う。

実際に街に出てみた

実際に街でどの程度「ゆる」服が流行っているのかを見てみた。面白いことに日曜日のお父さんが来そうなロードサイドのモールでは「ユニクロ系」の服を小綺麗に着ている人が多い。子供連れなので変な格好はできないだろうし、子供は走り回るから動きやすい方がいいに決まっている。
街(一応県庁所在地だ)の駅前を流してみたのだが大学生が一番よく着ているのはトレーニングウェアの下(つまりスエットパンツみたいなやつ)のようだった。実際にはちょうどよいサイズのジーンズをきっちり着ているだけでオシャレに見える。「普通の大学生っぽい服」が多い。「ゆる服」なんか誰もいないじゃないかと思ったその時にガウチョパンツみたいなものを着ている男性をみつけた。東京に遊びに行くのかもしれないなあと思った。まあ、100人に一人といったところだ。そういう配合なのだ。

ファッションの御大はなんと言っているか

小島健輔というコンサルタント(アパログに連載を持っているので御大なのだろう)は次のように言っている。

‘ノームコア’が終わってデザインと装飾、ボディフィットが復活するのに加え、キレイ目シフトで製品洗いなど汚め加工が疎まれると予測される。

実際に若者向けのファッションコミュニティとは真逆なことを言っている。ノームコアをゆるい着こなしと言っているのだが、かなり文脈がずれてしまっている。いっけん普通に見えるので「だらしなくファッショナブルではない」と思っているのだろう。これがファッションコンサルタントの予想なのだが「文脈は俺が作る」という意識もあるのかもしれない。立ち位置としては読売新聞の記者みたいなものだ。ノームコアはシンプルさが持ち味なのだが、この人にとっては「単にゆるくて汚い格好」に過ぎなかったのだろう。洋服はかくあるべきという持論があるのだと思われる。
こういう人が売り場を作るので若者は古着に傾倒してしまうのだろうが「現場をよく知っている」という矜持があり、ファッションコミュニティとの差異には気がつかないのではないだろうか。

中堅どころはこういう

南充浩という中堅どころのファッションジャーナリスト(なかなか味のある文章を書く人だ)は中年はビックシルエットを避けるべきと主張する。似合わないからなのだそうだ。しかし実際にファッションコミュニティに受け入れられようとすると、ビックシルエットになる。最初は「あれ、これ変だな」と思うのだが、そういう流行になっている。ここでいう流行とは逸脱が許容される狭い窓なので、つまりおじさんが「変だなあ」と思っていてもそれが変でなくなってしまう。中年だけが似合わないわけではなさそうで、つまり変な格好が流行っているのである。
南さんが若い頃どんな格好をしていたのかはわからないので、本当は変な格好をしていてある日まともになったのか、最初からそういう流行とは無縁だったのかはわからない。

まとめるとこうなる

これを無理矢理にまとめるとこうなる。

  • 表:最先端は誰からも理解されないが存在する。多分最初は業界だけの流行だろう。これがブームになることもあるがコミュニティができるまでには数年時間がかかる上に限定的である。
  • 裏:これを追随しているコミュニティがある。この人たちが食いつくころには最先端の人たちは離反している。
  • 中核:業界を動かしている人とたちはこの動きにはついて行けないし、自分たちの方が宇宙の中心だと信じている。彼らにはトレンドは単に奇異に見える。
  • 普通:マジョリティは業界の動きにも、権威の動きにも興味はなく、別の動機で動いている。

これは政治問題にも応用できる。ここから考察を重ねても良いのだが長くなりそうなので止めておく。政治にも「表と裏」があるのだが、一番の違いは裏が表を叩いているということだ。これは「社会のコンセンサス」が影響しているのではないかと思う。ファッションは好き勝手な格好をしていればいいのだが、社会は「正解」を求めることがある。つまり、ワイドパンツとキレイめのどちらかを選べということだ。そこで闘争が起きてしまうのではないだろうか。
Twitterは街に一つしかないユニクロでMen’s Eggの客がMen’s NON-NOの客を罵倒しているみたいなところだということになる。

現在のファッション雑誌を見ても今の流行はわからない

常々このブログでは「ファッションがわからない」と書いている。最近、数冊のファッション雑誌を古本屋で手に入れて電子的に切り取ったりして勉強をしていた。数ヶ月かけて数冊を読むのだ。そうしているうちに「過去のファッション雑誌ってどうだったんだろうか」と思いはじめた。
過去のファッション雑誌を見つけるのは意外と難しい。古本屋は増えているのだが、チェーン店は過去1年分くらいの雑誌しか扱っていない。それ以前のものは廃棄するかそもそも買い取っていないのだろう。一方、町の古本屋は淘汰されつつある。だから、オークションで落とすか国会図書館にでも行かないかぎり、数年さかのぼることすらできない。ネットにファッション雑誌をアップすることは「いけないこと」とされているのでネットにも残らない。そのまま忘れ去られてしまうような状態になっている。
公立図書館では2013年4月までのMen’s NON-NOなどが見つかった。2013年4月号は色の特集をやっている。これは現在のファッション雑誌にはない特集だ。つまり、ここ数年で色が消えて形の方に力点が映っていることがわかる。赤いパンツなどが採用されている。つまり「逸脱が許容される」のが流行なのだが、その逸脱が移り変わっているのである。
日本のファッションカラー100 ―流行色とファッショントレンド 1945-2013によると、多色展開をインダストリアルデザインに持ち込んだのはアップルらしい。iMacで「ボンダイブルー」などと聞くと懐かしく思い出す人もいるのではないだろうか。ファッションに持ち込んだのはユニクロで「フリース」の登場が1998年ごろで、藤原紀香がユニクロのカラーチノのモデルになったのは2009年だそうだ。
多色展開が流行しなかったのかそれとも廃れてしまったのかはわからない。少ないアイテムで着まわししようとするとどうしてもベーシックカラーばかりになってしまう。結局、ユーザーが付いてこなかったのかもしれない。
今、カラーチノを履いていても別に流行遅れだとは思われないだろう。きれいに履けば「おしゃれな人だなあ」と思ってもらえるかもしれない。つまり、色は流行として古びるわけではなく「新しさ」の記号としての意味が失われているというだけなのである。
当時みんながカラーアイテムを着ていたということはない。あくまでもMen’s NON-NO界隈(東京のおしゃれコミュニティ)の人たちの流行に過ぎない。裏にはファッションコミュニティのキャンペーンがあるものと思われる。
現在Men’s NON-NOが推しているのは太パンだが、これを着ていたとしても「お洋服屋さんで働いているんですか」と言われるくらいで、特にオシャレとみなされるわけではないだろう。実際には定番のジャケット(今はMA-1と長めのコートが主流だとされているらしい)が流行している。着回ししやすいからだろう。「おしゃれ」と「流行」は全く別の概念なのだ。
「やってはいけない」逸脱もある。例えばダメージジーンズや黒づくめのロックテイストなどはやめたほうがいい。これは「田舎の不良」くらいにしか思ってもらえない。鋲がついた革ジャンなどもダメである。最近では不良でも「きれいめ」にジャケットを着るのがよいとされているからだ。逆にファッションコミュニティが太いパンツを履いているのだから、昭和とは構図が逆転している。
おしゃれ服はファッションコミュニティの制服のようなものなのかもしれない。ファッションコミュニティでは数年ごとに制服が変わってしまうのだ。
いずれにせよ、現在のファション雑誌だけを見ても今の流行はわからない。過去を眺めて初めて「今はこれがおしゃれではない」ということがわかる。しかしその記憶は残っておらず、これが現在の流行をわかりにくくしているのかもしれない。

GUのシャツは色落ちするのか問題

GUのシャツを買った。ふとした動機からウェブサイトを見に行った。すると気になる表現を見つけた。

この商品は汗や雨等で湿った状態、または摩擦によって、他の物に色移りしますのでご注意下さい。淡色のもの(ソファー、靴、バッグ、車のシートなど)との組み合わせはお避け下さい。色落ちしますので、他の物とのお洗濯はお避け下さい。生成り・淡色には蛍光増白剤の入っていない洗剤をご使用下さい。長時間の水への浸漬はお避け下さい。洗濯後は速やかに形を整えて陰干しをして下さい。乾燥機のご使用はお避け下さい。 着用・洗濯時の摩擦により、生地の表面が毛羽立って白っぽくなることがあります。雨や水に濡れた場合は、こすらずにタオル等で湿気を吸い取るようにして下さい。 生地の性質上、激しい運動や無理な力を加えることで縫い目が開いたり、滑脱(織り糸がすべり、織り目が開くこと)する恐れがあります。お取り扱いには十分ご注意下さい。

うわ「色落ちするのか」と気になった。だが、おかしいなあとも思った。色が薄いピンクだからだ。そこで白いシャツを見たところ同じ「色落ちする」という表現が書かれていた。そもそも落ちる色が付いていない。これ、どういうこと?と思った。
そこでカスタマーセンターに電話した。カスタマーセンターの担当者は不意を突かれたような感じでしどろもどろだ。最後は「お客様は何が聞きたいのですか」という。そこで「担当者がなんていうか聞いてみましょうよ」と意地悪な提案をしたところ、次のような答えが戻って来た。

  • システム上、色ごとに表示を変えることができないので白でも表示している。
  • 色落ちは防ぐ方法はない。
  • 第三者機関でチェックしてもらっているので安心して着ていただける。

日本人が論理というものに弱いのがよくわかる。第三者機関でチェックしているなら色落ちしないのわけだから、表示は必要がない。そもそも防げないから「色落ちするよ」と書いてあるわけなので、防ぐ方法がないのは当たり前である。一つひとつはもっともらしいのだが全てを総合するとなんだかわからないことになってしまう。「一体何が本当なのか」と笑いながら聞くと、オペレータはついに黙ってしまった。「まあ、大丈夫なのだが、大丈夫とは言わない」ということだからだ。
多分、この表記はクレーム対応として書き始めたのだとは思うのだが、とりあえずお約束として入れておけということになったのではないかと思われる。却って、実際に色落ちするものが選別できないという弊害が生まれる。GUはお客の洗濯物に興味はなく、単にクレームが来た時に対応できるように書いているのだろう。そして顧客は実際に色落ちが起こるまではこのことに気がつかない。第三者機関でチェックしているのだから、実際に色落ちが起こることはなく、表現が放置されるのだろう。

日本のアパレルはなぜ凋落したのか

昨日アパレルに関する2つの記事を読んだ。一つはアパレルメーカーのデザイナーにデザイン能力がなくなっているという話だ。生地を作るメーカーに丸投げするケースが多いのだという。またブランド構築などに携わるコンサルタント会社などもあるようだ。もう一つのニュースはアパレルメーカーが原価率を下げているという記事だ。消費者の節約志向や売れない商品の原価を売れている商品でカバーしようとする意図があるのだろう。「アパレルの集団自殺行為」と指摘されていた。
一つ目の記事は愚痴のようなもので、大切なことがわからない。アパレルメーカーにデザイン能力がないならば、そのメーカーは淘汰されてしまうはずである。にもかかわらず、アパレルブランドには老舗が多い。なぜ委託先が直接ブランドを作ってとって変わらないのか。
まずは、消費者のブランド志向が考えられる。顧客は名前買いしており、実際のデザインを評価できていないということになる。例えば現在は「アウターならMA1を買わなきゃ」というような風潮があるのだが、MA1の良し悪しは評価できない。みんなが同じようなアウターを着ているのだからインナーは凝ったものにしてもよさそうだが、そういう動きもない。つまり、消費者が環境を破壊しているということになる。
次の可能性は複雑な流通経路だ。デザインができる会社があったとしても、流通についてはよくわからないので、結局は商社機能を持ったアパレルブランドが元請けの地位に止まるのだ。アパレルブランドはブランドを買ってきて(例えばポール・スミスやキャサリン・ハムネットなどは日本の会社が企画している)実際の企画は日本の無名な会社にやらせるということになる。それでも商社が生き残るのは流通経路と資金調達機能を抑えているからである。
アパレルはプロデューサ機能も持っている。つまり、原価率を管理して下請けに利益を分配するという機能だ。しかし「原価率が軒並み下がっていて質に影響が出ている」という記事を読むと、それもできなくなっているということになる。原価率は洋服の質に影響がある。工程が減るくらいならまだ素人目にはわからないだろうが、素材をケチるとすぐにその差が露呈する。触り心地は素人にもわかってしまうからだ。原価率の低下の副作用がでるのはこれからだろう。例えば、WEGOには触り心地がよいウールのセーターは売られていない。すると、天然素材を使った着心地の良さそのものが市場から忘れ去られてしまう。後に残るのはよいデザインも着心地のよい素材も経験したことがない消費者だ。
アパレルメーカーに期待される最後の機能はマーケティング機能だ。顧客の要望を聞いて、それを品物作りに生かすという工程だ。デパートは早々とこの機能を失って「不動産貸し」になってしまった。実際のマーケティング機能はアパレルメーカーが担っていたはずなのだが、これも失われているらしい。あとは消費者と直接接点がない下請けメーカーが、厳しい予算の制約を受けながら品物作りをするしかない。
下請けメーカーがブランド化できないのはマーケティング機能を持たないまま品物作りにだけ邁進するからなのかもしれない。いわゆる職人気質(クラフトマンシップ)は日本ではよいニュアンスを持つのだが、裏返せば顧客には関心がなく「よい品物」を消費者に押し付ける行為とも言える。ジーンズを手作業で破壊する作業がもてはやされたことがあったが、それが飽きられても広島や岡山の産地ではジーンズの手作業にこだわり続けた。自分の持ち場以外には興味がないという日本人の悪い側面が表れたエピソードである。
日本のアパレルはなぜ崩壊したのかという点をまとめると次のようになる。

  • 顧客接点を持ったところはその地位に安住し、品物への興味をなくす。数世代かけて商品作りができなくなる。
  • 職人サイドは自分たちのやっていることだけにこだわり、それ以外のことに興味を持たず、顧客がどのようなニーズを持っているのかわからなくなる。
  • 外から別の選択肢があるわけではないので、消費者は現状に慣れてしまう。行き着く先はコスト削減だ。

同じようなことはITや建設業でも起きている。多重請け負いが常態化し、顧客が忘れされられた現場である。例えば、元請けのITベンダーにはプログラムができる人はいない。都庁と話をした設計事務所も、キャドは扱えても本当の意味では設計はできなかったのかもしれない。ドラマではフジテレビがドラマを作れなくなっているという話を読んだ。
構造としては封建主義に似ている。武士階層は経営能力を失い、工人階層は顧客には関心を持たない。全体に関心を持つ人は誰もいない。だが、環境は鎖国されているの成長のない状態がダラダラと続くというわけである、