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中間選挙後に取りざたされる「バイデン大統領の弾劾裁判」の可能性

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Quoraでアメリカの新しい報道官について書いたところ「バイデン大統領の弾劾」というにわかには信じがたい話が書き込まれた。日本では全く報道されていないがアメリカ合衆国の一部のメディアでは盛り上がりを見せているそうだ。

選挙で共和党が勝てば「こんないいことがある」と言いたい共和党議員たちにとっては格好の「政治アジェンダ」になっている。つまり私たちに投票してくれればバイデン大統領を追い落せますよということである。

シナリオはいくつかに分かれている。政治ショーとして大統領・副大統領をつるし上げようとする提案もあれば、具体的な失職を狙ったものまで様々だ。

一方でバイデン政権側も選挙に負けた場合にどんな対策が打てるのかを検討し始めたという。つまり単なる与太話ではなく現実の可能性として対策が議論されている。

こうした話は日本のメディアにはあまり出てこない。安全保障の確固たる基盤としてアメリカの政治の安定に期待する人が多いからだろう。アメリカの民主主義が揺れているとなれば継続的な政策は立てにくくなるのだが、日本はそれでもなんとか対応してゆくしかない。

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この件について知ったきっかけはQuoraの政治スペースへの記事へのコメントだった。バイデン大統領が「弾劾権の阻止」を中間選挙の防衛ラインに設定しているというような話だった。アメリカ合衆国は下院で弾劾裁判を発議し上院が裁判官になって実際の審議を行う仕組みになっている。

日本のメディアでは全く伝えられていない話なので「嘘なのだろう」と思った。だが、これを書いている人は「常連」のコメンテータなので無視するのもどうかなと思い調べて見ることにした。

まず、保守系のFOXニュースのYouTubeビデオがいくつか出てきた。一つはウクライナ情勢に関するものだが特になぜバイデン大統領が弾劾されるべきなのかという説明はない。これだけを見るとなんとなく「クリック目当て」なのかなという気がした。

もう一つのニュースは国境問題である。国境問題に不備があったという理由でバイデン大統領が弾劾されるべきという話になっているようだ。一応流して見てみたが根拠がよくわからない。

アメリカ合衆国では犯罪が増えている。バイデン政権も警察への支援を強化すると宣言しているが効果は出ていない。FOXニュースはこれを「バイデン政権のキャッチアンドリリース型の国境対策の影響だ」などと指摘している。

こんなニュースを1日見続ければ「バイデン大統領は弾劾されなければならない」と思い込む人も多いだろうなと感じた。

治安の悪化は事実である。例えばNewsweekはシアトルの治安悪化が全米ワースト1だと書いている。Newsweekはデモ隊に対する警察の対応が批判され系雑の予算や権限が縮小されたことや新型コロナ禍の影響でホームレスに転落した人が多かったことなどが影響しているのではないかと書いている。だが、いったん「全ては大統領のせい」になってしまうとこうした冷静な議論は一顧だにされなくなるだろう。

FOXニュースを見る限り「弾劾推進派」の議論はこんな感じである。弾劾ありきで話が進んでいるとしか思えない。

  • アメリカの治安は悪化している
  • アメリカの国境では不法移民が増えている
  • おそらくこれに相関があるに違いない
  • 国境対策の不手際は明らかにバイデン大統領の失策だ
  • だから弾劾だ

そもそものきっかけが何なのかはよくわからないが「これかもしれないな」というニュースが見つかった。テッド・クルーズ上院議員が2022年1月ごろに「バイデン大統領は国境対策の不始末が理由で弾劾されなければならない」と主張していたようだ。

テッド・クルーズ上院議員は反トランプからトランプ人気の盛り上がりに乗じてトランプ派に転向したという経歴の持ち主だ。「転向組」なので次第に発言を過激化させるようになりCNNからは民主主義の破壊者であるとも評されている。

ここまでを読むと「弾劾シナリオには全く根拠がない」のではないかと思いたくなる。だが、検索したところロイターの記事が見つかった。共和党に支配権を取られたときのことを考えてバイデン大統領が専属の対策チームを雇うのではないかというのだ。この記事にはバイデン大統領を弾劾する理由があれこれと書かれていた。これだけ多くの「疑惑」が指摘されていることから選挙を控えた共和党支持者たちのお気に入りの「政治的アジェンダ」になっていることがわかる。

  • マット・ゲーツ下院議員はポッドキャストでは司法省を締め上げてやると宣言している。
  • ボブ・ギブス下院議員は、アフガニスタン撤退の件で昨年9月以来バイデン氏の弾劾を主張し続けている
  • 下院監視・政府改革委員会の委員長就任が有望視されるジェームズ・コーマー下院議員
    • 大統領の息子ハンター・バイデン氏を巡る疑惑
    • サプライチェーンの問題やワクチン接種義務化に関する政権の対応
    • トランプ政権が任用した軍士官学校幹部を排除した問題

例えばハンター・バイデン氏をめぐる疑惑は長い間取りざたされている。だが、ウクライナ関連ではいまだに確たる証拠は見つかっていない。ただ「税務」に関する問題については連邦検察当局が調べを進めているとウォール・ストリートジャーナルが書いている。つまり、黒ではないが白とも言えない状態である。

大統領と副大統領を吊るし上げて下院議長を大統領にするぞ!というような弾劾キャンペーンもある。これは立証が難しい。現実的にバイデン大統領が弾劾される可能性は少ないのだが「吊るし上げ」という儀式的な意味合いは大きいだろう。

一方で、決着がついていない問題について具体的に弾劾・失職という成果を目指すものも混じっており、事と次第によってはアメリカ政治が混乱することも予想される。

元々はトランプ大統領吊るし上げのために民主党が始めた「弾劾キャンペーン」だったのだが、負けた方の共和党支持者たちはその恨みを忘れていないようだ。必ずしもこれがアメリカの中間選挙の全体像だとは思わないが、いったん選挙が「勝ち負け」の問題になってしまうと具体的な問題を討論しようという人は誰もいなくなってしまうだろう。

政治言論空間が分断されており、アメリカ人全体が討論に参加したり情報を集めたりするような場所はなくなっている。支持者たちはCNNやFOXニュースという一方の主張しか伝えないメディアの情報にさらされるうちにそれを全体像だと思い込むようになってゆく。これがアメリカの政治言論の現在地だ。

退屈ではあっても社会問題について冷静に討論ができる言論空間を確保することが民主主義にとっては極めて大切なのだということがよくわかる。

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