「玉木雄一郎降ろし」という愚策

国会では安倍首相が官邸では菅官房長官がそれぞれ子供のような言い訳をしている。聞いていて不愉快な気分になる。ところが冷静に考えてみるとそれを容認しているのは国民である。そして国民が自民党政権を容認するのは他に選択肢がないからだ。野党が悪い。結局「野党がだらしないからだ」と、そこに行き着いてしまう。

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浮気は芸の肥やし論・CM違約金問題・草彅剛が演じるブレヒトの異化効果

先日来、東出昌大のCM違約金問題について考えている。背景にあるのは真面目そうな俳優は私生活も真面目でありそのイメージを使って商品を売るという構造である。これに対比して「浮気は芸の肥やしだから大目に見るべき」という考え方がある。このどちらが正しいのだろうか。

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東出昌大の不倫騒動と結婚という既得権益

東出昌大の不倫騒動が話題になっている。子供が三人もいるのに若い女性と三年間も不倫をしていたそうだ。ここで注目されたのが東出の「経済的損出」である。ドラマの主役はそのままやるようだがCMを降板させられたと話題になった。CMのギャラの範囲内ではあるが賠償金請求もされるそうだ。なぜ人々は東出の賠償責任に興味があるのだろうか。

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京都市長選挙 – 未来なき国のコミュフォビア

Twitterで京都市長選挙のTweetが流れてきた。現職の門川さんを応援する『未来の京都をつくる会』が「大切な京都に共産党の市長はNO」という広告を打ったというのである。ここに立憲民主党の名前があるとして騒ぎになったようだ。この一連のTweetを読んで立憲民主党は消えて行くんだろうなあと思った。

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中谷元の憲法改正サボタージュと日本でポピュリズムが起こらないわけ

久しぶりにフジテレビの朝のネトウヨ系番組を見ている。出演者は櫻井よしこ、中谷元、橋下徹である。この時間はフジテレビがネトウヨ系番組を流し、裏ではTBSがサヨクの昔のお兄さんたちを満足させる番組を流している。日本で政治に興味のある人たちというのはネトウヨとある年代のサヨクだけという日本の平和な状況を象徴する時間帯である。

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杉田水脈議員はなぜ叩かれ続けなければならないのか

杉田水脈議員がまた叩かれている。この人はおそらく叩かれ続けるために歳費をもらっているのだろう。有権者は杉田さんを「いつでも叩ける公人」として囲っていることになる。ある意味贅沢なおもちゃだ。また、この人の絶対に謝りたくないという勝気な性格がさらに「ああ、叩いても壊れないだろうな」という妙な安心感を与える。

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環境に関する議論を喚起してみる

Quoraのスペースで環境に関する議論を喚起してみた。予想通りの所もあったし予想外のこともあった。いつもは「日本人は議論ができない」ということは書いても「どうしたらできるか」は書いたことがない。多様な認識を持つ人たちが共通の議論の素地を持つというのはなかなか難しいと思う一方で、ちゃんと話し合いをしたいと考える人は増えているという実感もある。「実践編」なのですっきりとした感覚は得られないが、まあ実際にやってみるというのはそういうことなのかもしれない。

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大麻合法化に関する別の視点

日大ラグビー部の部員が大麻所持の疑いで逮捕された。これについて大麻での逮捕履歴がある女優が「もう一度考えませんか」と訴えかけ問題になっている。この話題だけを見ても「我々が大麻に関してどういう態度をとるべきか」ということが見えてこない。ここから視野を広げることでこの議論に何が欠けているのかが見えてくるのではないかと感じた。つまり我々は何を目的にして議論をしているのかということを考えたいと思ったのだ。

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7年ぶりに感じる政治的議論と潮目の変化

先日来、ブログのトピックを揺らしている。ちょっとずつ新しいものを取り入れたいのだが需要がどこにあるのかよくわからないからだ。「読まれている」という実感が出てきて欲が出てきたのかもしれない。これまでは政府批判系の記事が多かったのだがそれをやめて別の記事を書いている。「やっぱり批判記事が読みたい人が多いのだ」ということを確認したかったのだがどうやら外れつつある。却って閲覧数が上がっているのである。

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