永田町の病とは

橋下徹大阪市長が維新残留組の「永田町病」を批判している。国会議員だけで何でも決められると思ったら大間違いだという。永田町が病気にかかっているのは間違いない。かといって、地方議員が国会議員と対等だというような意味ではない。もっと別の病 – 正常化バイアスだ。
現在、維新の党も民主党も主導権争いしている。ポストによる見返りのある自民党にはこうした兆候は見られない。両者には共通点がある。「アベノミクス」により経済的な危機が去り、権力争いしたりポスト争いをする余裕がある、と思っているのだ。
だが、状況は変化しつつある。アメリカが利上げを検討しているからだ。利上げが行われば、金余りの状況は変化するだろう。現在、先進国の金利は低く抑えられており、ヨーロッパではマイナス金利の国さえ出現した。日本でも使い道がない金を日銀の当座預金に寝かせることが一般化している。結果的にインフレは抑えられており、政府は安い(ほとんどないに等しい)金利で金が借りられる。
アメリカが利上げをすると、今までだぶついていたお金はアメリカに向かうだろう。日本の金利もそれにつられて上がるはずだ。今まで安い金利でお金を調達できていた人たちは誰でも(それは日本国政府を含む)高い金利に苦しむ事になる。国内の株に投資されていた金もアメリカに向かう。株価は「暴落」まではいかないにしても下がるにちがいない。ドルの需要が増せば、ますますの円安になり、食料とエネルギーのコストは増大し、家計を圧迫することになる。株式に投資された年金資金が戻るのかは分からない。
こうした事態は、大地震のように「いつかあるかもしれない」危機ではない。既に計画されていることだ。だが、日本の政治家は「困ったら日銀がなんとかしてくれる」と思っているのではないかと思う。自分たちが日銀に命じさえすれば、なんとかなると信じているのだろう。今と同じ状況がずっと続くという錯覚を持っているということになる。これが正常化バイアスだ。
永田町には誰1人として「今とは違う状態になったらどうしなければならないか」と自分の頭で考える人がいないのかもしれない。さらに自分たちが政策を決めていると思い込んでいるのも問題だ。実際の政策は国の外で決められており、永田町はそれを後追いしているだけだ。
自民党の政策が立ち行かなくなることは既に分かっている。前回と違って民主党のせいにすることもできない。つまり、民主党は「まともに作用する」経済政策さえ作っておけば、自民党に勝てるチャンスが生まれることになる。果たして民主党が経済政策を立案する力があるかという問題はあるが、これは外部の力を借りればよい。国内外から専門家を募ってくればすむだけだ。
維新の党(大阪系)に期待する向きもあるが、彼らはフリーライダーのようだ。法律的なリスクを回避した上で、利得がありそうなプロジェクトを物色しているように見える。持続性のない短期勝負型だ。権力と政党助成金を目当に集ってくる政治家がたくさんいるので「カモ」には困らないといったところだろう。政治家にしがみつきさえしなければ、短期利得を得る機会は多く転がっているということになる。
共産党は政権を担うつもりがないので、分配政策さえ訴えていれば良い。良い悪いは別にして、それが左派政党というものだ。
それより大きい問題は民主党の意欲の欠落だ。政権を担える政党になると言っている民主党だが、経済政策を自ら立案しようという意欲と自信を持っていないように見える。「政権が担える政党になる」とは言うものの、具体的な政策が立案できず、その意欲も見えない。実際には永田町の人たちは「お手上げ状態」になっており、国民の財産をあたかも自分のもののように分配することだけを「政策」なのだだと誤解しているのかもしれない。
この「疑念」が確かなのかは分からないが、もしそうなら、日本は漂流した挙げ句、国民の資産がシロアリのように食い尽くされて行くことになるだろう。立憲主義が守られていようが、破壊されていようが、たいした違いはないのかもしれない。

鏡の国の経済政策

ヨーロッパで面白い動きが出ている。中央銀行のマイナス金利が常態化しつつあるのだそうだ。経済が不安定化してデフレへの懸念が増す中で、先進国通貨建ての資産への人気が高まっている。人気が高まると民間投資が抑制され、通貨高になる。中央銀行はそれを嫌い金利をマイナスにしているのだそうだ。投資家たちは「手数料を払ってもよいからお金を借りてください、使ってください」と国に頼んでいることになる。今までの常識が反転する鏡の国の世界である。お金を使ってもらうのに支払いが必要という世界だ。
企業や個人に投資するよりも国にお金を貸し付けた方が安心だという認識があるのだろう。こうして金利は下がり続け、ついには0を割り込んでしまったのだ。
先進国の中央銀行は経済を減速させない為に通貨の供給量を増やし続けてきた。ところが発行したお金は必要な人たちのところには回らず、一部の人に滞留し、安定資産に向かう。オックスファム・アメリカの調査によると、1%の富裕層が世界の富の半分を抱えており、その額は年々増えているそうである。「1%の最富裕層、世界の富の50%余り保有へ-オックスファム」
投資の不振は日本でも起きている。ここ数年のアベノミクスで企業の儲けは随分増えたといわれているが、企業は儲けを投資に回さない。流通されずに死蔵されている通貨は単なる紙切れにしか過ぎない。実際には紙切れですらなく、電磁的に記録された記号のようなものだ。企業が蓄えている利益余剰金(内部留保)の総額は300兆円を越えるそうである。
日銀の当座預金にもお金が積み上がっており、日銀はそれに利息をつけている。その額は2015年3月時点で200兆円だ。いわば電磁的な記録の桁が増えているだけなのだが、それがどうしてインフレ期待を引き起こすことになるのかはよく分からない。
円高で国民の資産や給与はドルベースで40%減価した。その一方で企業と銀行は500兆円を越える金額を死蔵している。これは日本のGDP1年分に相当する。蓄積された富の量は増えた一方で、企業の投資は伸びず、給料も増えない。人々の消費意欲も縮小したままである。
本来、お金は使われない限り利益を生まないはずだが、デフレが予想される世界では現実世界に投資をしても損をするだけだ。だから企業は現金を保有する。利息はほとんどつかないが損をすることはないだろう。銀行も現実世界に投資するよりも日銀に預けた方が(わずか0.1%ほどの利息のようだが)儲けが出る。リスクを冒してベンチャー企業に投資するようなことは起こらないだろう。
企業は自己保身のために現金(もしくは債権かもしれないが)を貯め込む。給与や投資として市場にお金が回らないので、消費者も消費を控える。すると市場はますます縮小し、悲観的になった企業はますます利益を貯め込むようになる。政府は将来を悲観する企業の頼みを受け入れ、法人税ではなく消費税から税収を得ようとする。すると、消費はますます冷え込む。
まともに考えれば、通貨供給量を増やしてインフレを期待し、将来の税収アップを目指す政策はすでに破綻しているといえる。オックスファムの統計を見ても(あるいは見なくても)トリクルダウンが起こらないのは明白だ。
鏡の世界でも、投資や消費を活発にし、インフレを起す為に必要な政策はいくつもある、という識者もいる。Bloombergのウィリアム・ペスク氏は富を蓄積した企業に課税する方法を提案している。(Japan Needs to Think Different) いわゆる「内部留保」に課税し投資(これは給与支払いを含む)を促進するという政策だ。このアイディアは政府でも検討されているらしいが、政府は「さすがに社会主義的過ぎるだろう」と逡巡しているようだ。
ペスク氏は投資に回らない形で直接消費者にお金をばらまくという制度も提案している。日銀が資金提供者となるデビットカードを作って直接消費者にばらまくのだ。このカードは消費には使えるが、貯蓄はできない。1年経つと消えてしまうからだ。この提案は常識はずれで実現性が薄いように思えるが、形を変えて実現している。
政府の地域振興券は政府支出が原資になっていて、一定期間を過ぎると紙くずになる仕組みだった。政府はプレミアムを支払って「今すぐお金を使ってください」と国民に頼んだわけだ。国民はそれに熱狂し各地の引換所では長い列ができた。一部では奪い合いのような騒動も起こったようだ。
そう遠くない昔、政府は国民に「貯蓄をするように」と説得していた。預貯金は開発の資金になったからだ。ところが現在では政府は「お金をあげるから消費をしてください」とお願いしなければならない状態に追い込まれている。そればかりか税金を徴収するのではなく、政府が(正確には中央銀行だが)が国民にお金を払うべきなのではないかという議論さえ起こるようになったのだ。

ヒラリー・クリントン氏がTPPに反対する

Twitterを見ていたら、ヒラリー・クリントン氏がTPPに反対していた。要旨はざっとこんな感じ。

為替操作の禁止が盛り込まれているかや製薬会社にばかり有利になり患者が置き去りになっていないかなどを注意深く見ていたが、これまで知りうる情報ではTPP合意には賛成できない。

TPP合意はアメリカに仕事をもたらし、給与を増やし、国防に利するものでなければならない。この数年間、アメリカ人は裏切られ続けてきた。被害者はアメリカの勤労家庭で、必要な支払いができるほどの給与がえられていない。共和党はアメリカの競争力を削ぐような反対ばかりしている。オバマ大統領の提案した、インフラ・教育・クリーンエネルギー・イノベーションに対する投資に反対し、最低賃金を上げたり、労働者の権利を守ったり、職業訓練に投資したりすることを拒んだ。結果、アメリカの競争力は削がれ労働者は必要な保護を得られなかった。貿易の恩恵は消え、ネガティブな効果ばかりが募った。

私は、かつて私が国務長官時代に推進していたように、強くて公平な貿易合意が可能だと信じている。オバマ大統領とチームのハードワークには感謝しているし、これまでの歩みも知っている。しかし、現在の合意が望まれるような高い水準に合致しているとは思えない。

自由貿易に反対しているのではなく、要するに「もっとアメリカに有利な合意を」ということらしい。中段ではTPPに反対しているのか共和党に反対しているのかよく分からなくなっている。製薬会社に有利すぎるのではという批判を日本ではよく聞くがアメリカ人にも反対している人がいるというのは面白い。

アメリカの給与水準はかなり高水準でヨーロッパの大抵の国よりも高い。にも関わらず「まだ足りない」と思っているという点が興味深い。失業率もヨーロッパと比べると格段に低い。ヒラリー・クリントンはスペイン語での情報発信にも力を入れているようなので、経済発展に取り残されたと感じている層に働きかけているのかもしれない。支持基盤の労働組合がTPPに反対しているという報道もある。
大企業の経営者層はTPPに賛成しているが、一般庶民は不安を募らせているという図式は、日米に共通するものらしい。トリクルダウンなどと言っても、黙っていて恩恵が振ってくる訳ではないので、どのようにして分配させるかということを真面目に考えるべきなのかもしれない。
「十分な暮らしができるほどの給料が得られていない」という不満は本来ならば大企業に向けられるべきだが、代理として共和党や貿易協定(および相手国)が非難の対象になっている。これは「将来が不安だ」という感情を自民党や「戦争をするかもしれない」安倍政権に向けているのに似ている。
一方で「公平なルールならば必ずアメリカの利益になるはず」という思い込みはアメリカ特有のものだと考えられる。シボレーが売れないのは日本政府が妨害しているからというトランプ氏のコメントにも見られる考え方だ。日本人はソニーのテレビが売れないのはアメリカ政府が陰謀を巡らせているからだとは考えないだろう。英語の「It’s not fair」というのは、自分たちに有利ではないくらいの意味なのかもしれない。

民主党と維新(偽)の公約は何が間違っているのか

日経新聞が民主党と維新の党(大阪系と区別するために、以降維新(偽)と書く)の共同公約をすっぱ抜いた。公約とは「公務員の給与を2割削減し」「国会議員の定員を減らし」「消費税増税は堅持する」というものだ。あまりにもひどいので、何かの陰謀ではないかと思ったくらいだ。
2009年の選挙では麻生首相が消費税増税を仄めかしたのに対して、民主党は「官僚を叩けば無駄が省けるので消費税を増税しなくても良い」と主張して大きな支持を集めた。有権者は官僚叩きに反応したのではなく、自分たちの損(つまり消費税増税)が回避されることに反応したのだ。一方、今回は「何が得になるか」分からないので、有権者は反応しないだろう。
無党派層が官僚を叩きたがるのは確かだ。しかし、無意味に叩いているのではないく、それなりに合理化している。それは「官僚がおいしい思いをすれば、自分たちの分配がなくなる」という世界観かもしれないし「日本の経済が悪化したのは官僚が無能なせいだ」という理屈づけかもしれない。「官僚の能力がない故に給与が下がる」のであれば、人々はそれを「正当な取引だ」と感じて応援するかもしれない。橋下徹大阪市長がやろうとしているのは、つまりそういうことだ。
「合理化」は必ずしも正しくないが非常に重要だ。例えば、大正期の米騒動でも人々は闇雲に米問屋を襲ったのではなかった。人々は「米は不当に高く売られていると感じており」「お願いすることで」「米を安く売ってもらおうとした」ことが分かっている。暴徒たちにとってみれば、あれば「正当な取引」のつもりだったのだ。
もし合理化がなければ人々はどのように感じるだろう。人々は「民主と維新(偽)が」「公務員を犠牲にすることで」「票を不正に買おうとしている」と合理化するだろう。つまりこの2政党は「フリーライダーだ」と見なされることになる。有権者は民主党が「官僚を叩けば財源が出てくる」と主張したのを覚えている。これは詐欺だと認識されているが、村落共同体では最も嫌われる行為だ。詐欺によるフリーライダーはそれ相応のペナルティを負わなければならない。
もう一つのシグナルは「民主と維新(偽)」が経済をよく分かっていないというものだ。国家公務員(約64万人)と地方公務員(約277万人)合わせて約340万人の給与が2割下がるということは、それだけGDPが落ち込むということを意味する。この節約分を誰かが使うわなければ、単に経済を縮小させてしまうのだ。
現在、デフレ脱却を目指した政策が進行中だ。金融緩和と財政出動をアクセルだとすれば、緊縮財政と増税はブレーキに当たる。なぜ、この時点でブレーキを踏まなければならないのかを説明しないと「二党は単に経済が分かっていない」という印象を与えかねない。
いつまで待っても民主党からは経済政策や成長戦略が聞こえてこない。これらを<合理的に>つなぎ合わせた結論は「民主と維新(偽)には有効な経済政策がないので、官僚を叩いてお茶を濁しているのだろう」というものになるだろう。結局は票が欲しいから安保や官僚叩きを利用しているだけなのだという印象を与える。
こうした印象がどれくらい当たっているのかは分からない。しかし、共産党が先制して連合政権構想をまとめたときも民主党は後手に回った。今回も日経新聞に単純なメッセージを流されて、多くの反発を買った。広告宣伝に疎いのは確かだろう。
民主や維新(偽)が勝手に自滅するのは構わないと思うのだが、これで自民党の独走を許せば、次にやってくるのはあの忌まわしい憲法改正案である。この2党は分かってやっているのだろうか、という怒りに似た気持ちが湧く。二党にはもうちょっと真面目にやってもらいたい。

日本の経済の実力と給与

「日本人の所得が下がったのは大企業が分配しないせいだ」などと言われることがある。また、為替レートが下がったために日本人は貧しくなった(あるいは、製造業に有利になった)などと言う人もいる。しかし、いろいろな分析をする前にまず実際の数字を確かめてみたい。
最初のグラフは2014年の名目GDPと2013年の購買力平価でみたGDP(どちらも一人当たり/出典はwikipediaから世界銀行の数値を引用した。)をプロットしたものだ。名目GDPが高くてもその国の物価が高ければ豊かだとはいえないだろう。
gdp一目りょう然なのは、産油国か金融センターの国(スイス・シンガポール・香港)などが超先進国クラブを形成しているということだ。日本より名目GDPが低くても物価が安く購買力が高い国がある。この図で見ると、台湾人は日本人よりは良い暮らしをしている。
日本は、イスラエル・イタリアとともに、ぎりぎり「先進国クラブ」の仲間入りを果たした。先進国クラブといっても、いくつかのグループがある。例えばオーストラリアは極めて経済が好調のように見えるが「オランダ病」にかかっていると言われるそうだ。資源が豊富で労働力が少ないために給与が高騰し、製造業が逃げ出しているのだそうだ。ヨーロッパの先進国とカナダは1つのまとまりを作っているのでこのあたりが一つの目標だと言えそうだ。
EUの中でもスペイン・ポルトガル・ギリシャは先進国クラブから脱落した。この中にはロシアや韓国が入っている。いわゆる「中進国」と言えそうだ。
さらに後進国の固まりが3つある。中国やインドなどがここに位置する。しかし、両国は人口が大きいので国として経済規模では日本と肩を並べる。
さて、国としてはぎりぎり先進国クラブ入りを果たした日本だが、給与の面ではどうなのだろうか。世界の平均年収というデータがあったので、購買力平価ベースのGPD(一人当たり)とプロットしてみた。
incomeこちらは残念なことに先進国クラブから脱落してしまった。イタリア・日本・イスラエル・スペイン・大韓民国・スロベニアが1つのグループを作った。
wage韓国は経済成長を続けており中進国から先進国へと移行しつつある。一方でスペインは1990年以降に住宅バブルが起きて2012年に崩壊した。失業率が20%を越えて、若年失業率は50%を越えているそうである。日本も資産バブルを経験しそのまま経済成長が止まった国であり、一人当たりの給与は下がり続けている。
ここから分かることは多くないかもしれない。どちらのグラフも一直線上に並んでいる。つまり、為替レートや労働分配率といった数字にはあまり意味がなく、結局のところ1人あたりのGDPを増やさなければ豊かにはなれないということである。そのためには、労働生産性が高い(つまり儲かる)セクターへと労働者を移動したり、労働生産性を上げるための投資(例えばITなど)を積極的に行うしかないということになる。
暮らしを良くするためには地道にがんばるしかないのだ。

国民拒否権投票案

基本的には護憲派だ。自民党の掲げる憲法改正案があまりにも時代錯誤的なので、政治家には憲法を弄って欲しくない。さすがに、今の憲法9条は時代に合わなくなってきているし、自衛隊だけを合憲にするというのはいささかご都合主義だ。しかし、危険な改憲案を受けいれるくらいなら、矛盾を放置した方がましだと思っている。
しかしながら、最近ちょっとだけ考え方が変わった。つまり、改憲派に転向したのだ。野党はあまりにもだらしない。だから、直接民主主義的な制度を導入しないと民意が反映されないことがあるのだろうなあと思ったからだ。とはいえ、民意には積極的な政策立案能力はなさそうだ。
そこで考えついたのが国民拒否権投票だ。
有権者は有権者数の1/10の発議で国民拒否権投票の開催を最高裁判所に要請できる。最高裁判所は60日以内に国民拒否権投票を実施する。投票者数の過半数で審議中または審議の終った法案を廃案にすることができる。
デモがどんなに盛り上がっても、国会審議に影響を及ぼすことはできない。とはいえ、民意の盛り上がりは無視できない。で、あれば民意の関与を認めるのは極めて正当なことだといえるだろう。政治家にやましいところがなければ拒否権投票を避ける理由はない。また、マニフェストに小さな字で書いておいて「読んでいない国民が悪い」などというマニフェスト詐欺は減るだろう。
お好みであれば、ここに「内閣不信任」をトッピングしてもよいかもしれない。
もちろん、難点もいくつかある。発議の署名を集めるのは大変だ。かつて原発再稼働反対1000万人アクションという活動があったが「1000万人集った」というのは聞いたことがない。国民の反対運動といっても、実際に盛り上がっている人たちの数はそれほど多くないかもしれないのだ。さらに、過半数で廃案というのはかなりハードルが高い。
さらに廃案になった法案は再提出ができるので、選挙と国民投票の間で民意がねじれれば、「提出」して「廃案」という不毛な無限ループが繰り返されるかもしれない。
日本国憲法は戦後改正された事がない。国会議員が自分たちの立法特権をみすみす手放すとも思えない。故に、こうした憲法改正案を飲ませるのは大変な作業だといえるだろう。ほとんど、不可能と言ってもよい。
最後の難関はいわゆる「護憲政党」だ。護憲政党はとにかく憲法改正に反対しているので、憲法改正派に転じるのはなかなか難しいに違いない。
にもかかわらず、こうした改憲案を提示することには意味があると思う。自民党の国会議員たちは立憲主義と国民主権に恨みを持っている。改憲案は自民党が野党に転落してしまった時にできたのだが「国家を主導するはずの自分たちが、ふらふらとした民意に放逐された」と感じているからだろう。
中には、日本国民には天賦人権を与えるべきではなく、国の歴史こそが主権者たるべきだと堂々と主張する人までいる。国の歴史を神として奉れば、自分こそがその神官になれると本気で信じているのである。
こうした敵意と錯誤に対抗するためには、積極的に政党政治への制限を提案をすることも有効な手段ではないかと思うのだ。選挙こそが民主主義だと非難する人がいれば「積極的立憲主義だ」とうそぶいてやればよい。

景気対策のためには消費税を毎年上げろ

アベノミクスの異次元の金融緩和政策はインフレを起すのに失敗した。全く教訓が得られなかったのかといえば、そんなことはない。明確なルールさえ提示すれば動くのだ。キーになっているのは「限定」だ。
第一に、消費税増税による駆け込み需要が起きた。これは消費者に「今買い物をしないと後で損をしますよ」という明確なメッセージを送った。企業は大幅な需要の増加が臨めるので設備投資をし、消費者は値上げを予想して買いだめした。つまり、消費税の増加は人工的で強制的なインフレを起したのだ。ここから得られる洞察は簡単だ。つまり、毎年消費税を上げれば、人々は消費を活性化させるかもしれないということだ。
もし、インフレが人々を幸福にすると政府が考えるなら、政府は毎年のように消費税を増税すべきだ。4月に増税すれば、毎年3月には大規模なセールが開催できる。
もう一つの成功した政策は地域振興券だった。これも売る場所を限定して割引を行うというものだった。割当数が限られているので市町村役場や地域振興券売り場には多くの市民たちが殺到し「もっと売れ」と罵り合いも起きた。銀行では頼まれていた分をこっそり懐に入れる職員まであらわれる始末だった。
地域振興券は割安の通貨のようだが、実際の原資は税金だ。つまり、人々は期限が来たら紙切れになってしまう「二流通貨」を、自分たちの負担で喜んで買い入れたのである。これは、出かけて行って地域振興券を買えば、それで2割を稼いだような気分になったからだろう。
これほど人気があるのなら、給料や年金を地域振興券にして配れば良い。つまり、期限付きの通貨Aと貯蓄用の通貨Bができることになる。例えば、給与を通貨Aを100円貰って、貯蓄したい人だけが通貨Bを90円分貰うのだ。通貨Aで収益を得た企業も期限内に投資をせざるを得ないので、儲けを設備投資に回ることになるかもしれない。
消費者は<賢く>消費するのだが、その賢さはその人が持っているフレームによって左右される。ゲームのように期間を限定してやれば、かなり設計通りに動いてくれるようだ。
逆にいうと、そうまでしないとモノが売れないほど、消費意欲は減衰している。それが政策のせいなのか、マインドの変化によるものなのかはよく分からない。人々は外からの動機付けが強くなればなるほど、内発的な動機付けを失って行くものなのかもしれない。
ところで、長期に渡って消費税増税による値上げが起こる事が予めわかっている場合、駆け込み消費が増えるのかという疑問は残る。消費者が将来の可処分所得の減少を予想すれば、買い控えが起こることだろう。住宅や耐久消費財などの分野では特に影響が顕著になるのではないかと思われる。
企業も消費者も買い物を控えるのだから、政府だけが大きな支出の担い手になるだろう。政策判断の比重が増えるので、企業は利益を誘導しようとして企業献金などの支出を増やすかもしれない。これは汚職の源泉になるだろう。企業は市場に働きかけるよりも政府に働きかければ潤うので、国際的な市場競争力を失うに違いない。
結局のところ、暮らし向きがよくなる希望がなければ、日本人の消費意欲はますます減退し、企業は国際的な競争力を失うだろうという月並みな結論に落ち着いてしまった。

女性の敵 – 菅義偉官房長官

もともと菅さんは政府の観光政策を宣伝しにやってきた。ビザの緩和措置もあり、めずらしく成功している政策だ。その席で安藤優子が、気を利かせて福山雅治の結婚について聞いたのだ。普段、めったに笑わない人なので、親近感を感じさせようとして「よかれ」と思って聞いたのだろう。そこで菅さんは「子供を産んで国家に貢献して欲しい」というようなことを発言した。
子供を産めない(あるいは作らない)夫婦というものもあるので、決めつけるのはいかがなものかとは思ったのだが、何ぶん「ついで」の会話なので、これほど炎上するものとは思わなかった。テレビのニュースになり、ネットニュースにも話題を提供した。女性識者たちはTwitterで「国家に貢献」にあからさまな嫌悪感を見せた。政権に対する女性の敵意はかなりのレベルに到達しているといえるだろう。
政治家にとって女性は道具だ。安保法制の参議院での攻防の際の出来事を見ればわかるだろう。野党の女性議員たちは徒党を組んで盾になった。与党側は女性の衛視を盾にした。「女に暴力を振るったからけしからん」というような罵り合いもあった。これが国会が範になった「女性の活躍する社会」の実態だった。
自民党で偉くなろうと思った女性は、男性顔負けのヘイト発言をしなければならない。稲田議員などを見ているとよく分かる。これは白人に認められたい黒人が、ことさら白人のアクセントとマナーを求められるのに似ている。差別を超克したつもりで、差別の道具にされてしまうのだ。道具にされた女性は見れば分かる。男の政治家と同じように目が死んで行くのだから。
女性はまた労働力としても期待されている。男性のように経済的に家を支える必要のない格安の労働力だ。今後労働力が減って行くので、女性も外に出て(できれば男より安い金で)働くことが期待されているのだ。経団連は外国人労働者にも同じことを期待している。企業と政党にとって女は外国人労働者と同じように見えるのだろう。安倍首相は国連での記者会見で悪びれることなく「日本は移民を受け入れる前に、女性と高齢者を活用する」と言い放った。
自民党の新憲法案には「家族は支え合うべきだ」という条項が儲けられている。家族に相互扶養義務を課す事ができれば、国家は福祉から堂々と撤退できる。もちろん男性が子育てや介護をやってもよいのだろうが、実際に担い手になるのは女性だろう。
つまり、女性は外で安く働き、家の中では家族の面倒をみなさいというのが、政治家のメッセージなのである。ついでに子供を産んで、国家の繁栄に尽くすべきだという考え方が、菅さんの「子供を産んで国家に貢献」という発言につながっている。だが、この認識は親戚の寄り合いでも語られるくらいありふれたメッセージだ。
有権者の半分は女性なので、あまり女性を怒らせる発言をしないほうがいいのではないかと思う。しかし、これも心配はいらないのかもしれない。まず、男が言いにくいことは女性に言わせればよい。「共感力」の高い女性は分かってくれるだろう。それでも納得しなければ、お目こぼし程度の補助を出して「女性が活躍できる社会を目指す」程度のことを言っておけばよいのだ。問題を解決する必要はない。活かさず殺さず程度のところに置いておけば、女性は却って政治に期待してくれるに違いない。
その上で改めて思うのだが、菅官房長官に対して単なる言葉狩りをしても意味がない。