投瓶通信

中央公論をぱらぱらとめくっていたところ、蓮實重彦さんと浅田彰さんの対談が載っていた。20年前にも対談をやったそうだ。いろいろ世相を斬った後で、最後に発信する事について論じている。蓮實さんが主張するのは、基本的に評論は「投瓶通信」であるべきだということだ。これは、多くの物書きにとって、励ましと言ってよいかもしれない。
昨日のマーク・ロスコの例で見たように、自分の主張が完全に理解されることはないかもしれない。むしろ、自分の内面を表現ししたいというやむにやまれる気持ちを持っているだけの人もいるだろう。蓮實さんは自分の発信したものに対して評価を貰えるのは10年後でもかまわないという。海に瓶を投じるように自分の思いを発信し、誰かがそっと受け取るのを待つ。まるで祈るような作業だ。
さて、ここまで書くと、なんだか蓮實重彦さんを礼賛しているように聞こえるかもしれない。そうではない。むしろこの表現に違和感を感じた。本当に投瓶でよいのだろうか。
ものを考える作業には2つの種類がある。ある問題を解決するためにものを考えることとそうでないものだ。例えば、中小企業診断士が顧客のために考える場合に「僕の主張は10年経ったら理解されればいいのだ」ということはできない。この人の仕事は今ある経営課題を見つけ出して、なんとか収益をあげることだろう。こうした課題は考えているだけではだめで、いろいろとやってみなければならない。故に、効果が上がらなければ理論的にどんなに優れていてもあまり意味がない。
別の人がもっと優れた解決策を持っているかもしれないが、クライアントにとって受け入れが難しければあまり意味がない。つまり、解決を目指す場合には、必ず意見の交換、現実とのすりあわせが必要になってくる。だからこういうコミュニケーションは投瓶ではいけない。
蓮實さんは評論は投瓶でいいという。評論は課題のない「考える」作業なのだろうか。どうもそうとは思えない。評論家も前段でいろいろな社会事象や政治について考察しているだろうからだ。
この対談は、インターネットの登場で短くなった発信とそのレスポンスを問題視している。
Twitterを考えてみよう。140字程度の短いメッセージが発信されるとそこに短いレスポンスがつく。やりとりが生きているのは、いいところ1時間くらいだろう。こうして多くの考察が発信され、消費されてゆく。考える時間はないからだんだんと脊髄反射に近づく。「いい」「わるい」「すき」「きらい」で仕分けされて終わりである。Twitterが導入されることによって人々はより政治について考えるようになったと言われる。しかし、多分それは間違いだろう。人々は以前にも増して考えなくなった。あまりにも考えることが多すぎて一つひとつのメッセージを吟味しているヒマはないからだ。
政治は世論を聞いて政策を変える。新聞はそれにリアクションする。以前は「マニフェストには必ずしも従う必要はない」といっていたのに、予算がマニフェスト通りに作られないとなると「マニフェスト違反ではないか」という。これはもう脊髄反射だ。そして、居酒屋では政治談義に花が咲き、それが世論となって政治を動かす。この回路の悪いところは、誰も新しいアイディアを投入しないところだ。いっけん大きく反響するように見えて回路の中を同じような情報がぐるぐると流れているだけなのである。
こうした状況を見ていると「いやあ、これは間違っているんじゃないの?」と思ってしまう。みんなちょっとは何か考えろよということだ。しかし、そうしたループから抜けて「俺は、歴史に評価してもらえばいいから、現実なんか知らんもんね」ということになっても良いものなのだろうか。
蓮實重彦さんは、(多分、勝ち組の一人として)東浩紀さんを挙げている。東さんは、多くのヒトにレスポンスを貰うことを指向し、いろいろな仕組み作りを試みているのだそうだ。そして「そんなことは貧乏臭い」と切って捨てるのである。レスポンスを貰うことは下らないことで、メディア戦略ばかりを考えた勝ち組は、むなしい勝利に過ぎないという。
イノベーションの記事で見たように、アイディア・ジェネレーションのプロセスには3つの段階があるだろう。一つは沈思黙考して一人で考え抜く作業だ。これが終わったら、その考えを持ち寄って実行可能な何かを作る必要がある。最後に実行して、それを反省して最初に戻る。つまり考察作業というのは「投瓶だけ」でもだめだし、「レスポンスを待っている」だけでもいけないわけだ。
中央公論がどれくらいの部数を出版しているのかは分からないが、もうあまりメインストリームの人たちからはレスポンスが得られないポジションに落ち着いているのかもしれない。老後暮らしてゆくお金は心配しなくてもいいから、今の経済不況もあまり関係ない。みんなからそこそこ尊敬されていて、あとは歴史に評価してもらうのを待つだけということなのではないか。この記事を読んで考え込んでしまった。
2012年1月10日追記:依然この文章は「投瓶通信」で検索トップにある。この文章を読み返して、さらに投瓶について調べてみた。もともとは政治的に孤立させられた人が、それでも自分の理想に意味があることを信じて文章を発信しつづけることなのだそうだ。少なくとも日本にはこうした孤立は存在しない。むしろ誰でも好きな文章を発信することができる。にも関わらず多くの人が「自分の意見は誰にも到達しない」とか「もはや到達しなくなった」と考えている。何が間違っているのか、どうあるべきなのか、もうちょっと考えて見なればならないのだろうと思う。
最後に蓮實重彦さんと浅田彰さんは、こう結論づける。「結局20年経って思うのは、何も驚くべき事はないということで、これが一つの驚きだった」と。日本の最先端の思想家や評論家が、もう驚く事は何もないのだと結論づけるほどこの国は枯れているのだろうか。それくらい、彼らの考察に対して、下らないレスポンスしか返ってこなかったのだろうか。

マーク・ロスコ

日曜美術館の再放送でマーク・ロスコの回をみた。高村薫がロスコについて語っている。高村さんは「普通に見えているものを、どうしてわざわざこういう風に描く必要があるのか」というようなところから、抽象画への興味を持ったそうだ。いわゆる一般人は「抽象画は評価されているから芸術作品なのだ」と思うわけだから、さすが芸術家の感想だといえる。高村さんはこの疑問を小説にしたそうだ。
マーク・ロスコの作品には説明がない、質感で塗り込められた色にしか過ぎない。絵画というよりは「環境」だ。河村美術館にロスコ・ルームと呼ばれる部屋がある。河村美術館は、絵画というより壁画であり、この部屋にいると何か赤に包み込まれるようだと解説している。環境は特定の精神状態を作りだす。
環境が感情を作るのと同時に、見る人の精神状態も重要な役割を果たしている。実際にこのロスコ・ルームを見に行ったことがあるのだが、その時にはあまり何も感じなかった。美術館は順路ごとに出口を目指す構造になっている。ゴールを目指すことばかりに夢中になると、一つひとつの絵に集中できなくなる。逆に、ちょっと疲れていたり、感情的な揺れがあったりする方がこういった絵に引きつけられるのかもしれない。
ロスコの絵は、もともとシーグラムビルの中にあるフォーシーズンズというセレブなレストランに飾られることになっていたのだが、ロスコはそれを拒否した。もしロスコが「建築家」的な要素を持った人であれば、その場の採光や環境などを考慮した上で絵画を制作しただろう。光が刻々と変われば、絵の表情も変わるはずだ。また、見る人によっては全く違った印象を持つかもしれない。
動的な環境の中で絵はさまざまな表情を見せただろう。しかし、ロスコはそう考えなかったようだ。限られた空間の中で自分の絵だけを置いてほしいと願ったのである。つまり、絵の動きは限られたものになるだろう。飛んでいる虫をピンでとめて、標本として飾るようなものだ。
結局、アメリカの絵画のトレンドは移り変わってゆき、ロスコの絵は時代遅れだと見なされる。しかし、彼は作風を変えなかった。その後、体調を崩し大きな絵画が描けなくなり、結局最後には自殺してしまう。抗鬱剤をたくさん飲んだ上で手の血管を切ったのだそうだ。そして死後に、財産分与を巡り、家族と財団の間で裁判が起こった。(以上、wikipedia英語版のロスコ・ロスコ事件の項による)
この一連のドラマティックな出来事がロスコの絵に「意味」をつけることになり、彼の絵は2007年に7280万ドルで落札された。表面的にある意味よりも遠くにある何かを捉えようとしていた絵が、通貨的価値と伝説を付加され、消費されてゆくといった構図がある。そのあたりから出発し、高村さんと姜尚中さんは「意味のある世界を解体して…」というような議論をしていたように思われる。
姜さんはこの絵を実際に見て「癒されるし、我がなくなるように思えるからウチに一枚欲しいなあ」とのんきなことを言っている。しかし、実際のロスコを調べてみると、セレブな空間に飾られることを拒否し、自分のスタイルを曲げることを拒否し、ほかの人たちと作品を並べられることを拒否している。強烈な自我を持っているようだ。
作品がある境地に達すると、周囲にあるものを巻き込む。作者の意思を越えていろいろな感覚をひきおこすのだ。いったん動き出すと、絵から引き出されたものなのか、絵にまつわる意味から引き出されたものなのかは区別できない。これがコミュニケーションといえるのか、それとも内側から来る対話(つまり独り言)なのかは分からない。多くの人が何らかの感情を引き出されるわけだから、人の間に共有する何かがあるのかもしれないし、そんなものはなくて、一人ひとり孤立しているのかもしれない。
高村さんの一言には引っかかりを感じた。高村さんは「本当は現実世界はこうは見えないのに」というところから論をスタートされていた。しかし、もしかしたら本当に世界がああいった抽象画のように見えている人もいるかもしれない。
例えば、ある日突然普通の時間の流れから飛び出してしまったように感じることがある。人によってはパニックを起こしてしまいかねない感覚だ。昔の人たちはこれを神秘体験としていたが、現代人は例えば通勤電車の中で神秘体験を起こすと会社に遅刻してしまうので、精神科で薬を処方してもらうようになった。ロスコの絵のような世界を体験するために、わざわざ違法な薬物を使ったりする人もいる。実際に、「ロスコの世界」を体験している人はかなりいるのではないかと思う。
普通、そうした世界を見た人は、見た事がない人に説明ができない。伝える技術がある人だけが、それを表現できる。とすると、こうした絵は描かれた時点でその役割を終えていたことになるのかもしれない。あるいは「私だけがこんな世界を見たのではないか」と考え、それを瓶に入れた手紙を海に流すようにしてそっと放流する。それを拾った人が「ああ、私の他にもこういう人がいた」と考えるのであれば、それは独り言のように見えてもコミュニケーションの一形態なのだろう。
(2012年9月1日改稿)

イノベーティブな組織とチーム – Innovative Organizations and Teams

Table of Content

  • イノベーションとは何か
  • 発想のプロセス
  • 着想
  • 学習するプロセス
  • 実現するプロセス
  • 既存の組織ではだめなのか
  • 創造性の向上に必要な組織
  • 情報通信はどう進化してきたか
  • ネットワーク型組織の問題点と課題
  • 既存の文化を改良して新しい文化を作る事はできないのか
  • 具体的なイノベーションのためのチーム作り
  • イノベーターのための学習ガイド
  • コラボレーションのためのリソースガイド
  • いま、イノベーティブな組織を作るのに必要なもの
  • 参考文献

イノベーションとは何か

今存在するものを組み合わせて新しい価値を創造する事、あるいは所与の問題を解決するために現存しない解決策を作り上げる事を「イノベーション」と呼ぶ。ワルラスの一般均衡論の解釈から始めたシュンペーターは経済の均衡状態はつまるところ停滞であると考えた。しかし、実際の経済活動では均衡点は常に変動している。均衡点を変更するのがイノベーションだ。イノベーションは次の5つの方法でもたらされる。

  1. 新しい財貨の生産
  2. 新しい生産方法の導入
  3. 新しい販売先の開拓
  4. 新しい仕入れ先の獲得
  5. 5. 新しい組織の実現(独占の形成やその打破)

シュンペーターはイノベーションがなければ、資本主義はやがて社会主義やファシズム(国家社会主義)などの別の形に取って代わられるかもしれないと考えた。しかし、市場は自発的にイノベーションを行う。経済学者の関心は経済のモデル化に向かったので、イノベーションは経済学ではあまり研究されなかった。イノベーションを重要視したのは経営学だった。
均衡点を変更するのがイノベーションだ。だから、イノベーションには混乱がつきまとう。うまく管理された状態とイノベーションが起こる状態はかならずしも一致しない。また、イノベーションを積み重ねた結果、もう何も改良するものがないという状況にたどり着く場合もある。この状態をクリステンセンはイノベーターのジレンマと呼んだ。

発想のプロセス

イノベーションは次の3つのプロセスを通じて実現する。

  • 着想するプロセス
  • 学習するプロセス
  • 実現するプロセス

着想

着想するプロセスは一人ひとりの頭の中にある。このプロセスは意識してコントロールすることはできない。しかし、いろいろな手段を通じて援助を与えることは可能だ。例えば、創造するモチベーションを与えること、専門家、顧客、過去の事例などから有用なインプットを効率よく与えることなどを通じて着想するプロセスを間接的に支援することができる。
マーク・ステフィックによると、ブレイクスルーをもたらす発想はいくつかに分類できるという。課題が先行することもあるし、ソリューションが先に生まれることもある。

  • 何が必要かに着目するエジソン型の発明。灯りという目的のためにいろいろな素材でフィラメントを試す。 これをニーズ主導型と呼ぶ。
  • 何が可能かに着目するボーア型の発明。何に使われるかは分からないがとにかく可能なものを創出する。 理論を先に考えるアインシュタイン型や、データを集めるメンデル型、自然観察を通じて理論を考え出したガリレオなどの科学者がいる。
  • 何が可能で、何が必要かを同時に考慮するパスツール型の発明。

スタンフォード大学の教授でIDEOのフェローでもあるロバート・サットンも準備段階の大切さについて語っている。無駄の中にこそ、ひらめきの種が眠っているといえそうだ。 こうした無駄な段階を経て、Prepared Mind(準備された心)という状態を作り出す。

  1. 失敗を繰り返す人。一つのツールを使いこなすのに「まごまごとする」人。準備に時間がかかるほど後で成果を得やすい。また、一つの領域を重点的に学ぶのではなく領域横断的に幅広く学ぶほうが幅広い着想が得られる。
  2. 学習のやり方や研究の進め方を理解しておく必要がある。このためメンタリングは重要。最初のうちは短期的な目標を継続的に与える必要がある。これによって準備された心が生まれる。
  3. 創造的な対立

サットンはこのほかにも「役に立たないと思われる人を短期的にでもいいから雇ってみろ」と薦めている。これも無駄の一つだろう。特に次のような人は有望だという。

  1. 自分を客観的に見ない人
  2. 同僚や上司との付き合いを避ける人
  3. 自尊心の強い人

着想段階はコントロールが難しい。このことを説明したのが、チクセントミハイだ。チクセントミハイは外科手術を行う医者とのインタビューから、物事がうまく行っているときにはチームは流れるように手術を行うことを発見した。しかしひとたび問題が起こると流れが中断される。チームメンバーの頭の中は自我意識でいっぱいになるのだそうだ。
発想にも同じことがいえる。うまく行っているときにはチームメンバーの誰彼なしが新しいアイディアを思いつく。また1つの発想がきっかけになり問題が解決してゆくことがある。このときチームメンバーの間にはある種のバランスの取れた状態がある。しかし「失敗するかもしれない」といったような不安が状況を支配すると、フローは失われる。また「退屈過ぎる」状態もフローとはかけ離れている。

学習するプロセス

学習するプロセスは着想の精度を高めたり、着想と具体的な問題を結びつけたりすることにより、思いつきを解決策に変えるプロセスだ。着想するプロセスは個人作業だが、ここではチーム作業が可能だ。学習するプロセスが効率よく進むためには「分かち合う文化」と「失敗を怖れない態度」を持っている必要がある。学習過程は、意図した行為がどういった結果を生み出すかというフィードバックのプロセスだからだ。
学習する組織について研究したのがビジャイ・ゴビンダラジャンだ。学習する組織はある文化的な特徴を持っている。これをゴビンダラジャンはコードXと呼ぶ。イノベーションを形にするためには、イノベーティブ過ぎてもでも官僚的でもダメだという。イノベーションを起こす組織は既存の概念に囚われない組織であるべきだ。一方、実行する組織には効率的な運営が求められる。しかしその経過期間には全く異なった文化が必要だ。
この過渡期の文化は「忘却」「学習」「借用」というツールを組み合わせだ。忘却が多く必要だと考えれば組織は分割されなければならないし、借用が多く必要であると思えば、組織は共通している必要がある。
忘却は昔の成功事例や親文化を忘れること。新しい人を採用したり、客観的な評価基準ではなく主観的な評価基準を作ったりすることが忘却に役に立つ。
学習は新しい製品のマネージメントにふさわしい文化を体得すること。 売り上げ達成度よりも、何を学んだかを重視する文化や独自の文化を育む力を獲得することが求められる。
もっとも全てを自前で獲得しなければならないわけではない。必要なリソースを親文化から借用することも検討しなければならない。販売チャネルやブランドなど、新興企業が一から作り上げなければならないものは借用できる。ただし、サポート部門は独立させたほうがいいそうだ。新しい事業部の破壊的なイノベーションは、既存の組織と折り合わない場合も多い。もし新しい組織を活性化させたいのであれば、新しい部門の長には高いポストを与える必要がある。

実現するプロセス

また、思いつきを形にするためのリソース(資金や場所など)が配分される必要があるだろう。
着想が実用化されるためには、学習フェイズで得られた失敗を徐々に減らし、より確実に問題点を解決するように改良を加える必要がある。この現実的な解決策を作るのが、実現するプロセスだ。ここでは「やり抜く力」「効率性」といった学習フェイズとは違った文化が求められる。

既存の組織ではだめなのか

若い組織は失敗を怖れない。まだ前例のない状態では多かれ少なかれ失敗はつきものだからだ。結果的に、多くの試行錯誤が生まれ、運がよければそのなかから生き残る人たちが生まれる。しかし、組織が成熟すると、いまうまくいっている事例を押しのけて新しい試行錯誤をはじめることは難しくなる。
また、失敗を怖れる気持ちが強くなり新しい冒険はしにくくなる。規模が小さすぎて、大きな会社が手を染めるには相応しくないということも起こる。さらに既存の顧客に焦点があたるので、今顧客でない人たちが忘れられる可能性がある。こうした現象を研究したのが、クレイトン・クリステンセンだ。クリステンセンはちいさな会社が大きな会社を凌駕してしまう事例を研究し、これを破壊的イノベーションと呼んだ。破壊的イノベーションはローコストのソリューション新しい事業分野の創出によってもたらされる。
既存事業がうまく行かなくなった場合には、もはや新しい試行錯誤をはじめる余裕はないこともある。組織の維持に莫大なコストがかかり、実験的なプロジェクトに割くことができる予算が残らないことすらある。これを防ぐには、余裕があるうちから、イノベーション活動を継続的に行なう必要がある。また、新しいものを生み出せなくなった組織を速やかに解体して、人々が新しい組織に移ることができるような仕組みを整えなければならない。
新陳代謝が活発な社会は、新しいイノベーションを通じて社会を成長させることができる。逆に、成長が伸び悩んでいる社会は、何らかの理由でこうしたイノベーションが起こりにくくなっている社会だということがいえる。結びつきが緊密すぎて、新しい要求に応えられなくなっているのだ。
最初に検討しなければならないのは、硬直した組織に創造性を向上させる可能性があるかということだろう。既存の組織のままで創造性向上を図る事ができれば、組織を変革する必要はない。また、成長は創造性の向上のみによって実現するわけではない。一つには規模を拡大することにより成長するやり方がある。また、シックス・シグマやカンバン方式のように無駄をなくして生産性を向上させるやり方がある。つまり、効率化を通じて成長を実現させることもできる。規模の拡大は大量のリソースを投入する方が有利に思えるし、生産性を向上させるためにも規模の経済性や学習の蓄積は重要だ。
一方、創造性の向上はどうだろうか。必ずしも規模が重要になるとはいえない。今持っている文化が成長を阻害していることすら考えられるので、その文化を捨てる決断をしなければならないこともあり得る。これが、拡張戦略、生産性向上戦略と創造性向上戦略のいちばんの違いだろう。

創造性の向上に必要な組織

それでは創造性の向上に必要なものは何だろうか。イノベーションは多くの新しい結びつきによって実現される。それは過去に作られた事例の組み合わせだったり、事例と問題の組み合わせだったりする。また、まだ形になっていない着想同士が組み合わさって新しい思いつきが生まれる場合もある。つまり、個々の事例が必要に応じて組み合わさることによって新しいアイディアが生まれる。
次の段階では多くの顧客や同じ関心を持つメンバーが、着想に検討を加える。これも結びつきだ。例えば自動車業界で作られたアイディアが電気掃除機の改良に重要な役割を果たすかもしれない。
そして最後の段階では、実行力を持った人たちがそのアイディアの実現化を担当する。この場合に必要なのは異なる文化やスキルの結びつきだ。
つまり、こうした結びつきを円滑にすれば、創造性の向上が図れるのではないかと思われる。
創造性を向上させる組織には二つの特性が求められる。多くの人が緩やかな標準化で結ばれたプラットフォームと、そのプラットフォームの上で柔軟に体制を変えることができる組織だ。こうした組織をネットワーク型組織と呼ぶ人がいる。

情報通信はどう進化してきたか

インターネットに代表される情報通信は、ドキュメントとドキュメントをリンクすることで生まれた。そこに意味が追加され、セマンティックという言葉が生まれる。内部的にタグで管理されたり、ドキュメント内の情報を解析することにより外部的に意味付けされたりする場合がある。こうした意味付けのシステムは緩やかに共通化されている。標準化からうまれるのではなく、多くの人に採用された規格が標準化される。これをデファクト・スタンダードという。
ここから流れは2つの方向に発展した。一つは「本を買う」とか「価格を比較する」というような機能別なまとめられ方だ。機能的にまとめられたものをサービスと呼ぶ。アマゾン(ショッピング)、グーグル(検索)などだ。もう一つの流れは情報を人別に管理するやり方だ。これをソーシャル・ネットワーキングと呼ぶ。Facebookのようにソーシャルな部分だけを担当するサービスもあるし、Amazonのようにサービスを提供しつつ書評などを通じてソーシャルな機能を持たせたものもある。

ネットワーク型組織の問題点と課題

こうしたサービスや社会化されたネットワークを使えば、今すぐにでも旧来型の組織の問題は解決し、創造性の向上が期待できるように思える。それが実現しないのはどうしてなのだろうか。そこにはいくつかの問題があるように思える。
まず、こうしたネットワーク型組織の認知が進んでいないことが挙げられる。こうした組織を適切に管理するマネジメントスタイルとはどういうものなのだろうか。例えば中央集権型の統制組織に親しんだ人たちにとって、管理しないマネジメントスタイルというのは、自己撞着語でしかない。これに付随して英語や中国語などの言語の問題やコンピュータリテラシーの問題などが挙げられるかもしれない。ネットワーク型組織を作るためのスキルが欠けているのである。
成長性が乏しくなっているとはいえ、やはり安定した収入が期待できる大企業の人気は高い。いわゆるベンチャーと呼ばれる新興企業ですら、就職の対象とは見なされにくい。また、海外の企業への就職も人気がない。人々は新しい形態を模索するよりも、慣れ親しんだ形態が復旧して以前の安定性を取り戻すのを待っているのではないかと思える。
次の問題は取引コストだ。取引を開始するためにはいくつかの障壁がある。まず、問題を解決するのに相応しい個人や企業を探してこなれればならない。問題が明確でない場合には特に厄介な作業だ。次に、その人や企業が安定した仕事をしてくれるかを見極め、プロジェクトを管理する必要がある。
こうした問題が一夜にして解決することはないだろう。具体的な課題をこなす事で、徐々に解決されてゆくに違いない。
最後の問題はシステムコストだ。与えられた問題を解決するために、カスタマイズされたシステムを作る余裕がないことがある。特に個人や小さな企業がこうしたネットワークを構築するためには、システムは比較的単純で安価ないしは無料である必要がある。しかし安価なソリューションが必ずしも悪いソリューションであるとはいえない。それどころかクリステンセンの破壊的イノベーションになる可能性もある。Open sourceでプラットフォームを作り、プラグイン型のモジュールを充実させることで、システムコストの問題は解決するだろう。

既存の文化を改良して新しい文化を作る事はできないのか

「どこに向かうべきか」は、ぼんやりとではあるが見えて来た。我々が慣れ親しんだ大企業中心の文化を改良することによって、柔軟なネットワーク型の文化を作る事ができれば、スムーズな移行が行なえそうである。ネットワーク組織を指向する研究者は「ネットワーク型組織の利点とは、必要な時に必要なリソースを得られることである」と指摘する。例えばトヨタはこれを、部品調達で実現した。必要な時に必要な部品を納入してもらうのだ。このトヨタ自動車と系列の協力会社の関係を長期的に維持するには微妙なさじ加減が必要だ。これを応用して、トヨタ自動車は好きなときに好きなだけ労働者を手配できるシステムを作り上げた。これが製造業への派遣業だ。このモデルは、かつて成功への方程式だったのだが、今では社会問題になっている。その理由はよく分からない。自動車産業がもはやイノベーションを必要としていないということなのかもしれないし、一時的な膠着なのかもしれない。また、よく正体の分からない「グローバル化」のせいなのかもしれない。
いずれにせよ、こうした既存の環境にネットワーク型のイノベーションチームを組み入れるのはむずかしそうだ。多分、デザインの下請け会社やシステムベンダーのような位置づけで終わりになるだろう。
ネットワーク型組織では発注者と受注者の関係は固定的なものではない。やりとりの結果、発注者側が組織形態を変えなければならないこともあり得るのだ。トヨタと下請けの場合には、デザイン会社の提案でトヨタ自動車が組織を変えることは考えにくい。

具体的なイノベーションのためのチーム作り

大きな絵は分かった。しかし、あまりにも漠然としすぎていて、明日からそれを取り入れるのは難しそうだ。もうすこし具体的なところから「発想するチーム」を見てみよう。
シュンペーターは、イノベーションを作り出す源泉を実行者(企業者/起業者)と実行者にリソースを分配する人々(銀行家)に求めた。銀行家は銀行に勤めている必要はない。大企業がスポンサーになって新しいイノベーションを求めることもある。もちろん、企業者も独立して会社を起こさなければならないわけではない。企業者/起業者( Entrepreneur)は、ルーチンワークをこなすだけではなく、新しい組み合わせ(これを新結合という)を創造し実践する人のこと。シュンペーターはなぜかフランス語を使っている。一方、銀行家は財貨を持たない起業者に貸し付けを行い「信用」を付加する。銀行家は古い勢力から財貨を持ち出して新しい勢力に財貨を貸し付けて、信用を創出するのである。
経営の神様ドラッカーは「イノベーションは理論的分析と知覚的認識だ」といっているそうだ。しかし、これだけでは抽象的すぎてよくわからない。トム・ケリーは、『イノベーションの達人』の中で、イノベーションに関わる人たちをさらに細かく分類した。ずいぶん実務的な分類である。実務者なので、企業者/起業者にあたる人たちだ。
トム・ケリーのイノベーションは観察する所から始まる。人類学者の役割は観察するだけ。しかし観察するためにはただ漠然と見るだけではだめで、科学的な観察能力が必要とされる。また、観察対象を求めて探索する能力も求められる。ものを見るというのはそれだけで大変なスキルなのだということが分かる。
計算されたリスクを犯す実験者は、実験を繰り返し失敗の中から学ぶ。
花粉を運ぶ人は異文化を結びつける人。イノベーションの達人の中では無印良品が紹介されている。花粉を運ぶ人は、T型人間であるべきだ、とケリーは言う。これは得意分野を一つ持ち、幅広い分野に興味を持っている人という程の意味である。
無理と言われてもあきらめないハードル選手。企業は官僚主義に支配されることがあるのだが、それを乗り越えて突き進む人たち。 3Mの事例が挙げられている。
コラボレーターは多彩なチームを結びつける。このあたりからマネージメントの力が重用視されるようになると言えるだろう。イノベーションは異文化が交流することにより生まれやすい。インターネットが発達しても、リチャード・フロリダはイノベーションを起こす人たちが集まる場所は仮想の空間ではなく、都市であると考えている。
監督はスタッフを連れてきて、手助けする人たち。「ひらめき」を「形」にするためには、適切な管理が必要とされる。ケリーの本では、ブレインストーミングが紹介されている。ただ闇雲にアイディアを求めるのではなく、適切な管理・運営進行が必要とされる。ケリーのIDEOには、必ず視覚化するなどのルールがあるそうだ。
経験デザイナーは経験を作る。紹介される例はコールド・ストーン・クリーマリーの例。アイスクリームパーラーは成長が鈍化した業界だと思われていたがアイスクリーム作りのパフォーマンスを売り物にして成長した。コールド・ストーン・クリーマリーはこれを「ハッピー・クリーマリー体験」と呼んでいる。「お客様が店にいる間、ハッピーでいられるようなおもてなしをする」ことだそうだ。同じような価値観はスターバックスにも見られる。スターバックスの場合の経験は幸せではなくくつろぎである。
舞台装置家は働きやすく発想しやすい環境を整える。コラボレーターや監督と並んでマネージメントの仕事である。例えば、パーテーションで区切られたデスクではなく、顔の見えるデスクを使ってお互いの意思疎通を図るなど場所と雰囲気作りに工夫をこらすことが大切だという。
介護人はサービスを超えたケアを顧客に与える。バンク・オブ・アメリカの例が紹介されている。銀行を訪れると案内人が出てきて困ったことがないかに気を配ってくれる。もちろん番号札を取らせて待ってもらうこともできるだろう。自動化してしまったプロセスに人手を加えることによってサービスを向上させることができる。
最後に出てくるのは語り部だ。経験デザイナーと同じようにストーリーの力を利用している。ストーリーは概念を形にして聞き手を経験の中に引き込む力を持っている。ストーリーは顧客にも語られるし、従業員の間でも共有される。 有名なストーリーに「HPはガレージから始まった」というものがある。

イノベーターのための学習ガイド

学習はいくつかのフェイズで完成する。すなわち「計画」「実施」「比較」「評価」である。本腰を入れて計画を立て、計画は必ず実行する。この時目標は「必達」ではなく、学習であることを理解することが重要だ。また、結果はかならず事前の予測と比較する。そして生み出された差異は必ず分析しなければならない。この時に、何が原因で、何が結果だったかを理論建てて図示するなどして、部門内で共有する必要がある。
事後に検証可能な計画を真剣に立てる。目標は必達ではない。何を学べるかが重点だ。だから、あらかじめ立てた計画とのずれを必ず検証しなければならない。逆に、 目的が達成できたときには注意を要する。偶然達成されただけかもしれないからだ。

コラボレーションのためのリソースガイド

常時連絡を取り合ったり、とりとめのないアイディアを交換し合ったりするのには、マイクロメッセージサービスが適している。現在最も注目されているエリアで、Twitterやオンラインチャットサービスが挙げられる。Twitterは会話の内容を後から検索することができるのだが、非公開にしたい会話には向かない。
次に使われるのは、情報を蓄積したり、共有したりするサービスだ。チームを組んで情報を共有できるサービスにGoogle Appsがある。公開してもいい場合にはmedia wikiが使える。また、議題を決めて話あいをするためのフォーラムを設置できるサービスもある。例としてbb pressを挙げておく。顧客からのフィードバックを得るためにFacebookを使ったアプリケーションを構築する手もある。
もちろん、ブログを使って議論を深めることも可能だ。ただし、ブログは多くの人が使っているので利用方法はまちまちだ。まずコアになるメンバーがトラックバックやコメントの使い方を決めておく必要があるだろう。いったんルールが決まったら後のメンバーはそのルールに従うはずだ。ソーシャル・ネットワーキングのアカウントと組み合わせ可能なコメントシステムがいくつか出ているので、匿名のユーザーにシステムを荒らされたくない場合にはそれを利用するとよいだろう。
また、自前のソーシャルネットワーキングサービスも出ている。ここではbuddy pressを挙げておく。

いま、イノベーティブな組織を作るのに必要なもの

まず、第一に必要なものは具体的なプロジェクトだろう。実際に成果がでてはじめて社会的な影響力をもつことができそうだし、事例ごとに必要なプロセスは異なりそうだ。次にそれを実現するための資金が必要になる。サーバーやプログラムは無料のものを使うことができるだろうからそれほど大量の資金は必要にならないはずだ。
リソースよりも重要なのは同じビジョンを持った人たちと、新しいものを創造したいという意思ということになるだろう。目標する組織があまりにも既存の形態と異なっているので、コンセプトから新しい形を創造するスキルも必要になるだろう。
最も重要なのは、このままではいけないのではないか、もっとよいやり方があるのではないかといった探究心ということになる。
新しいアイディアを作るために必要なのは継続的なフィードバックだそうだ。それはこのドキュメントも例外ではない。よりよいアイディアを持っていると思う人は、ぜひこの機会にご連絡をいただきたい。

参考文献

戦略的イノベーション 新事業成功への条件 (ハーバード・ビジネススクール・プレス)ビジャイ・ゴビンダラジャン (著), クリス・トリンブル (著), 酒井泰介 (翻訳)
ブレイクスルー -イノベーションの原理と戦略-マーク・シュテフィク、バーバラ・シュテフィク(著)、鈴木浩、岡美幸 (翻訳)
明日は誰のものか イノベーションの最終解 (Harvard business school press) クレイトン・M・クリステンセン、スコット・D・アンソニー、エリック・A・ロス(著)、宮本喜一 (翻訳)
イノベーションの達人!―発想する会社をつくる10の人材トム・ケリー (著), ジョナサン・リットマン (著), 鈴木主税 (翻訳)

多様性とアイルランドのジャガイモ

不確実性の時代の中にも、前回ここで取り上げたアイルランドのジャガイモ飢饉の話が出てくる。1840年代、20%のアイルランド人が死に、それ以上の人々をアメリカ大陸に脱出させることになった出来事だ。その後、カリフォルニアで金鉱山が発見され、49ersと呼ばれた人たちが太平洋を目指すことになる。
このジャガイモ飢饉を見るとある疑問が浮かび上がる。アイルランドにジャガイモ以外の食べ物はなかったのだろうか、という疑問だ。畑が完全にダメになったとしても、海で魚を取れば良かったのではないだろうか。どうしてアイルランドの人たちは死にそうになっているのに、ジャガイモ以外の食べ物を探そうとしなかったのか。
とりあえず、その疑問を例によってLinedinで聞いてみた。一晩で寄せられた回答は6つ。
まずベストアンサーになった回答ではこう記述されている。1800年代、ダブリン・ソサエティー・サーベイによるとキルケニー郡だけでも12種類のジャガイモが栽培されていた。貧しい人たちは、大麦、オーツ麦、ライ麦、マメ、その他の野菜も栽培していた。しかし1840年代までにはそういった多様性は多くの心配にも関わらず消滅してしまった。学者達はこう合意する。簡単に栽培できて栄養もあるジャガイモが、ある日人々を殺すことになるだろうということを貧しい人たちが予測することは出来なかっただろうと。
別の回答は、使える土地は既に他の産業によって占有されてという事実を指摘している。魚を穫るのだってもとでがいる。当然のことながら、貧しい小作人にそのようなもとではない。加えてノウハウもなかっただろう。アイルランドの飢饉は、農地にふさわしい土地が少なく、近海に魚がいなかったからだと言う人がいるが、これは事実とは異なるそうだ。実際、現在のアイルランドではニシン、タラ、ロブスターなどが水揚げされる。
アイルランド人の小作たちがジャガイモに頼るようになったのは、それが唯一自分たちに生産できる食料だったからである。畑で作ったものは地主におさめなければならなかっただろうし、つまり社会的な資源の配分がうまく進んでいなかったわけだ。歴史上よく起こることだが、被支配層の人たちの中から自律的に改革の運動がわき起こることはほとんどない。彼らは自分たちが手に入れることができる情報と資源をもとに、そのとき最適と思われることをやる。アイルランドではそれが「誰でも耕作できるジャガイモ」に向かい、食料の多様性を消失させることになった。つまり多様性の消失は「なりゆき」だったのである。
前回にも触れたように、こうした事実があったにも関わらず、1840年のアイルランドの港からは食料がイギリスに向けて輸出され続けていた。そしてイギリス政府は飢えて死んでゆく小作民に大した援助を与えなかった。アイルランド人の農民は怠け者だからだというのがその理屈だったようだ。
ベストアンサーの回答者が指摘するのは「政治的リーダーシップの不在」だ。この政治的リーダーシップとは何なのだろうか。人々がジャガイモばかり栽培していて、うまく行っているとき「もしジャガイモが不作になったらどうするのだ」と警告を与え、食料生産に多様性を与えるような栽培計画と資本管理を行なうことだろう。これを一般化すると、現状を分析し、あるべき未来のために行動を起こすことがリーダーシップと言えるだろう。しかし、多くの人が説明するように、そんなことは不可能だった。
このことを笑うことはできない。今の日本では多くの人たちが生産手段を持たない。そして、直接的、間接的に自動車や電機といった輸出産業に依存している。確かに、GDPが輸出に依存する割合はそんなに大きくなかったのだが、多くの産業がこれに依存する形になっており、輸出産業の不振が経済の不調を招いた。しかし「アメリカ一国への依存は危険だ」といって、そのために具体的アクションを取る政治家はいなかった。また、多くの農家が、長年作り慣れた米を作り続けているのだが、これを改めようと言う人たちも出てこない。民主党政権にいたっては、そうした人たちは困っているのだから、所得が足りなければ税金から補えばよいと言っている。まず米や麦などからはじめるそうだ。これは日本の農業から多様性を奪い、農業そのものを衰退させることになるだろう。人々が簡単で慣れ親しんだ習慣を捨てて多様性を目指すのは難しいことだ。
さすがに、米の不作を招く疫病が日本全土に蔓延するとは思えないのだが、多様性を欠いた産業構造はちょっとしたショックで簡単に瓦解する。農家の戸別補償のような保護政策が「疫病化」することもあり得る。政権交代で戸別補償制度が廃止されてしまえば、依存体質になった農業は瓦解してしまうに違いない。多様性の少ないシステムが崩れてゆくとき、救済の為に取り得る手段はあまり多くないのだ。アイルランドの場合、人口が減少することにより、それまでに成立していた婚姻システムがうまく働かなくなり、家族制度が崩壊した。それが言語の衰退を招き、ゲール文化の衰退にまでつながってしまったのである。

インド料理と文化受容のステップ

まだインド料理店が数える程しかなかったころ、六本木のインド料理店でよく見られる光景があった。インド人の店員に向かって「インド料理はそれほど辛くなかった、もっと辛くても大丈夫なはずである」と日本人(まあ、たいてい男性なのだが)が自慢するのである。この人たちにとって、インド料理=カレー=辛いということなのだろう。そして辛い料理が食べられる=エライという図式が成立するのだ。多分。
ここで「インド料理」とか「カレー」と呼ぶのは、主に北インドで食べられているあの料理のことである。その他、チベット文化圏にはモモや焼きそば(なぜか、唐辛子が使われていてとても辛い)と、汁気が多く、魚もよく使われる南インドの料理、そしてペルシャ圏から入って来たシシカバブや焼き飯などの文化がある。
実際にこういうことはよくある。わからないものや異質なものに遭遇した場合、人は差異に注目しがちだ。そしてその差異の程度の大きさによって序列が決まるわけだ。数値で表現できる程度の違いは序列を決めるには都合がいい。例えば「メタボ検診」で注目された腹囲85cmもそんな数字の一つだろう。他に2つの基準があるのだが、それは忘れ去れ数値だけが一人歩きした。身長や胸囲が違えば基準となる腹囲も違うはずである。
しかしこの「六本木カレー野郎」が特別変わった人だということでもない。例えば、カレーハウスCoCo壱番屋には、甘口、普通の他に、1辛〜10辛までのメニューがあり、「とび辛表」という名前がついている。お客のニーズがあるということだろう。
さて、カレーのおいしさの一つに「一晩寝かせたカレーはうまい」というものがある。カレーチェーンの中にはカレーを一晩寝かせてレトルトパックにつめて出荷するところがあるのだそうだ。どうして一晩寝かせたカレーはおいしいのかという決定的な説明はないそうだが、それぞれの具材の味が混じり合い一体となるからおいしいのだろう。日本人や欧米人が煮込んだカレーをおいしいと思うのは、多分シチューや鍋料理などの煮込み料理からの印象があるからだ。しかし、実際にはスパイスの味は一晩寝かせると飛んでしまう。つまり、日本人がおいしいというカレーは本来の味わいをわざわざ飛ばした料理だということになる。
デリーにあるスパイスとお茶の店ミッタル・ティー・ハウスがカレースパイスと一緒に配布するレシピ集によると、カレーは煮込み料理ではないようだ。所要時間は1時間以内で、香りを楽しむために使うスパイス類は最後に入れなければならない。最初に炒めたタマネギの甘み、油、それぞれのスパイスで味と香りを付けたのがカレーのおいしさだ。
「カレーは手で食べるべきだ」というのがある。これも六本木のカレー屋で人が講釈しているのを聞いた話だが、ナンをカレーにつけてはいけないそうである。これ、本当なのだろうか。カレーをナンにたらすのだそうだ。外人が間違ったハシの使い方をしていると、やはり正したいと思ってしまう。同じようにインド人も、日本人の間違ったマナー(つまり、スプーンでカレーを食べる)を苦々しく思っているのではないだろうか。しかし、汁気の多いカレーを手で食べるのはとても勇気がいる。
そう思ってインドまでカレーを食べに出かけたところ、実際には食卓にスプーンがおいてあることが多かった。隣にいたサラリーマンらしい2人づれを観察したところによると、一人は手で食べ、一人はスプーンを使っていた。路上で安いカレー(汁だけで具がない)を食べさせる屋台にはスプーンがなかった。ここはチャパティでカレーを拭うようにして食べるしか手がなさそうだ。列車のお弁当に出てくる料理にはあまり汁気がなく、これは手軽に手で食べることができる。(インド人のエンジニアたちも自分たちで弁当を作って持ってくるが、あまり汁気はなさそうに見えた)そして、インド人はあまり他人がどういう食べ方をしているのかということには興味がなさそうだ。
一応、手で食べる場合には、簡単なルールがある。必ず右手を使い、カレーとご飯を指先で混ぜる。指先にカレーを入れ、親指で押し出すようにして食べるのである。ナンで食べると「辛い」ということしかわからない。しかしご飯とカレーを混ぜると、カレーのスパイスが空気に触れる。するとスパイスの香りが立って別のおいしさが味わえる。別にこれができなければダメということはないが、こういう食べ方に挑戦すると新しい経験ができる。
新しい文化を受容するとき、人はまず自分の持っている経験を使って解釈しようとする。その次に数値のような「客観的」な指標を使っての解釈を試みる。さらに形を模倣しようとする。しかし実際には、いちからその文化に触れてみると、形の裏にある理由が見えて来たりするものである。