神田沙也加報道抑制と報復自殺問題

もう去年になってしまうのだが神田沙也加さんと言うミュージカル女優が亡くなった。

非常に違和感のある報道だった。おそらく多くの人が「報道のあり方」には関心があったと思うのだが、全く別の問題について考えていた。それが報復自殺問題だ。

よく読まない人から「神田さんが報復自殺をしたのか」と捉えられかねないので、当時は触らなかったのだが少し時間が経ったので改めて考えを整理することにする。

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コンテンツ産業の成長について散漫に考えてみる

考えるきっかけは「岸田政権の不毛な成長論」についてだったのだが、最近コンテンツビジネスの成長とは何かとかソーシャルメディア将来はどうあるべきかということを考えることが増えた。いつもは特定のニュースなどを比較的に筋のある文章を作っているのだが今日は散漫にこの辺りをぶらぶらしてみたい。一応文章なので結論めいたものはあるのだがそのあたりはさほど重要ではないかもしれない。

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ダニエル・エルズバーグ

おそらく誰も注目しないだろうなと言うニュース記事を読んだ。かつてアメリカが中国への核攻撃を検討したことがあったのだと言うニュースだ。最終的にアメリカ大統領はこの核のオプションを選択することはなかった。中国とソ連が結んでアメリカに核攻撃を仕掛けてくるというシナリオだったそうだ。

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予算年度内成立の犠牲になった断らない女こと山田真貴子広報官

また、安倍・菅政権の犠牲者が出た。今度は断らない女こと山田真貴子元広報官である。例によって「戸籍名」は吉田真貴子さんというそうだ。実質別姓で男性からのお誘いを断らずに頑張って来たのに最後に切られてしまった。いかにもかわいそうな人である。だが、このニュースの伝え方を見ていて「予算の犠牲になった」とわからない人もいるのではないかと思った。背景には総務省の複雑な成り立ちがある。だが、もう知らない人も多いかもしれない。

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安倍前総理の会見で検察・官邸・マスコミは何を守ったのか

安倍総理が議員運営員会での説明を終えた。「説明責任を果たした」と満足げだったようだがおそらくそう思っている人はあまり多くないと思う。修正した申告内容も把握していなかったようで最後まで周りが一生懸命に考えた「ボクが悪くないりゆう」を繰り返し述べていた。

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竹内結子さんの逝去報道について考える

竹内結子さんがなくなった。自殺だと考えられているようである。報道の仕方が抑止的になったのが印象的だ。国民的大女優なので自宅に人が押し寄せても良さそうだが一切それは報道されなかった。遺族は「表の人」なのでインタビューぜめになっていてもおかしくなかったがそれもなかった。日本のジャーナリズムも成熟したのかなと一瞬思った。だが何かがおかしい。

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橋下徹がワイドショーを駆け抜ける

先日は主語を読むような丁寧な報道解説に需要があるのではないかと書いた。だが、実際にはちょっと気になる傾向もある。ワイドショーに橋下徹さんが多く登場しているのである。わかりやすさが受けているらしい。これは危険な兆候だなあと思った。

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穏やかな政治報道が求められているの……だが

最近、丁寧にに共同通信と時事通信の報道を読むことが増えた。通信社の報道がTwitter化しているからだ。どうもタイトルで煽ってクリック数を稼ごうという投稿が多いのだ。このことから逆に「穏やかな報道」が求められているのだなと思った。そうは思うのだがこれを実現するのがなかなか難しい。

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オワコンになった安倍政権を見限って次を模索する時事通信と反省しない政治家

時事通信が面白い記事を二つ書いている。一つは甘利氏の発言をとりあげたものでもう一つは安倍政権について書いたものである。日本のマスコミの権力に対する立ち位置がわかる。今もっとも期待されている人たちに寄り添って終わったものを見捨ててしまうのだ。民主党政権に切り替わるときにも見られた手法である。我々は反省しない。ただ水のように流れてゆくだけである。

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サイコパス型政治と新しい23区像を発明した小池百合子東京都知事

本日は小池百合子東京都知事を批判する記事を書く。「嘘」と書きたかったのだがそれはやめて新しい23区像とした。なぜ気が咎めたかというと都知事自身が嘘をついている意識がなさそうだからである。あるいはこれが現代型都知事の資質なのかもしれないと思う。しかしタグは「サイコパス型政治」にした。罪悪感というものを持ち合わせている人が罪悪感を持ち合わせない政治家に対抗するのはかなり難しいように思える。サイコパスは現在では社会的病質ではなく資質になっているのかもしれない。

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