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関税交渉が進まないのは日本のせい ベッセント財務長官が主張


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ようこそアメリカ型議論の世界へ!という気がする。米系のいわゆる外資系で働いたことがある人にはおなじみの世界。だがこの屁理屈にまみれた世界が日本で展開するとは思わなかった。

ベッセント財務長官が「関税交渉が進まないのは日本の参議院選挙のせいだ」との見通しを示した。日本人はこれを「日本が悪いから合意が結べないというのか!」と理解するだろう。ただしこれが反米感情に結びつかない。これが日本人の不思議なところである。

かつて日本は関税交渉のトップランナーだった。軍事的にアメリカに従属しているため妥協を引き出しやすいと思われたのだろう。ところが石破政権がお得意の「丁寧なご説明」にアメリカをうんざりさせてしまう。ベトナムとの交渉でわかるようにアメリカにとって極端に有利なディールだけが「アメリカにとって公平」なのだ。

赤澤大臣はアポなしでワシントンDCに押しかけたと言われているそうだが(赤澤氏は誰かに会えた=成功と能天気ぶりを発揮している)要求を突きつけるだけのラトニック商務長官と会えただけだった。この赤澤大臣の無能ぶりもアメリカをイラつかせているかもしれない。妥協しないための戦略的無能さであれば大したものだがいずれにせよ国益にはかなっていない。

ベッセント財務長官は議会交渉やFRB議長とのやり取りに忙しい。またトランプ大統領が「公平な(つまりアメリカにとって一方的に有利な)」ディールしか受け入れないため日本との交渉から逃避してしまった。トランプ大統領は日本は甘やかされていると一方的に主張し35%関税を主張している。ベッセント財務長官はこれに逆らえないし逆らう動機もない。

トランプ大統領からはしごを外された格好のベッセント財務長官は自己の正当性を主張する必要があり「日本は参議院選挙でそれどころではないのだろう」と責任転嫁した。

アメリカの大企業において重役たちは常に自己を正当化し業績を誇示し続けなければならない。同じようなことが政権でも起こるのだなあと感心させられる。一方ですべてを決めるのはトランプ大統領だとしており責任回避も忘れない。

ベッセント財務長官が今戦っているのはFRB議長のパウエル氏である。トランプ大統領がパウエル議長の解任を求めている。このやり取りもなかなか壮絶だ。

パウエル議長はトランプ関税がなければすでに金利引下げは出来ていたと表明する。つまりアメリカ国民が高金利に苦しんでいるのはトランプ大統領のせいということになる。トランプ大統領はSNSでの金利引下げ要求では効果がないと考え直筆の手紙をパウエル議長に送りつけた。手書きにすれば効果があると思い込んでいるのだろう。

そんななかFBRの建て替えが進んでいる。この建て替え計画において設備が不必要に贅沢だという指摘があるそうだ。米連邦住宅金融局(FHFA)のパルト局長が「パウエル議長は議会で建て替えについて虚偽表現をした」と主張。これを引用する形でトランプ大統領が「辞任しろ!」とSNSに書き込んだ。

つまりトランプ政権は言いがかりをつけたわけだが、このときに「住宅を欲している庶民」VS「贅沢三昧のエスタブリッシュメント代表」という図式を作り出している。こうした対立構造を本能的に作ってしまうのがアメリカ人がアメリカ人たる所以。アメリカ政治を眺めているとこうした手法を覚えてしまい普段の議論でも使いたいと言う誘惑に駆られる。

いずれにせよこうした対立構造を作ると今回の予算案で被害を受ける低所得者や中流から零れ落ちそうな人たちが「トランプ大統領は我々のために戦ってくれている」と信じ込んでしまう。つまり騙されてしまうのだ。

FRB議長の解任は市場の動揺を誘いかねない。ベッセント財務長官は市場の動揺を抑え、なおかつトランプ大統領の機嫌を損ねないように「今利下げしないと9月にはもっと利下げしなければならなくなる」との見通しを示している。

トランプ政権はこんなに荒れているのか……という気もするが、そもそも訴訟国家のアメリカではこの手の自己主張合戦はよくあること。特にアメリカ系の外資企業かアメリカの企業に務めたことがある人たちにとっては「あるある」な光景といえるのではないか。

一連のやり取りはアメリカの経済と財政が好調を保ちながらも綱渡りの状況にあり、なおかつベッセント財務長官が政治的に難しい立場に置かれていることを示唆する。ベッセント財務長官は妥結権限がない。また他にも対処すべき問題が多くあるため日本どころではない。しかしそう思われたくないので「参議院選挙があるから仕方がない」と自己正当化をしている。

中国はここから学んでおり「決裁権限がない人とは関税交渉しない」と言っている。

一方、普通の日本人は「一体何が起きているのかよくわからない」というのが正直なところだろう。このためアメリカ流の議論を日本に持ち込むとややこしいことが起きる。

日本人の感性は独特である。例えば「原爆が戦争の泥沼化を防いだのだから市民の犠牲は正当化される」と言われても反米には転じない。ぐっと抑えて意識すらしないで気持ちに蓋をしてしまうのだ。今回も「日本は甘やかされている」「コメや自動車を買わない」と一方的に言われても「自分たちの立場を説明させてほしい」と懇願するのみだ。戦後80年染み付いた「アメリカには勝てない」という意識が強く国民一般に浸透している。

むしろ、アメリカ側に立つ日本人が「このままでは反米感情が高まるのではないか」と恐れているようだ。TBSの「ひるおび」に出演した横江公美さんの対応が面白かった。

「ひるおび」は共和党に近い識者を招いて「トランプ大統領の機嫌を取るにはどうすればいいのか」を聞きたがる。中林美恵子氏などもそんな立場で呼ばれることが多い。

庶民感情に寄り添う恵俊彰氏は「トランプ大統領は日本をイジめているのではないか」との正直な感想を披瀝してしまう。まともな感覚であれば「トランプ氏への反発は反米感情につながりかねない」わけで、共和党に近い人達は「トランプ大統領が日本を虐めているわけではない」と主張することが多い。内心では反米感情の広がりを恐れているのだ。

これを拾った記事が残っていないので細かい表現は覚えていないのだが、横江氏も恵俊彰氏の発言を修正しようとする。ところが日本人の被害者意識は反米に向かわないと言う特殊事情があるため恵俊彰氏は「何を言っているのかわかりません」と困惑していた。

横江氏は「恵さんには難しいかもしれないですね」と「理解力不足」を示唆。さらにとはいえ中国が強くなると困りますよね、これがアメリカの狙いなんですよと早口でまくし立てた。

対立構造を作って議論をそらすのも「アメリカではよくある手法」だが、そもそも反米感情がないので日本人は当惑するばかりだ。

普通の国際感覚から見ればトランプ大統領に対する反発は反米感情に火をつけかねないのだが、日本はそうならない。むしろ「なぜ突然中国が出てくるのだろう?」と恵俊彰さんは困惑していたようだ。