アメリカ合衆国がイランの核施設を攻撃した。「真夜中の鉄槌(ミッドナイトハンマー)」と名付けられたこの作戦でついに世界は国際法が無効な無法地帯になった。
現在イランがホルムズ海峡を封鎖するのではないかと考えられているが実際には挑発を行わない可能性がそれなりに高そうだ。
だがこれはアメリカ合衆国の勝利を意味しない。むしろパンドラの箱を開けてしまうことになる。
トランプ大統領はSNSでアメリカ合衆国の完全な勝利を祝い、会見では「核濃縮施設は完全に取り除かれた」と宣言した。
ただしこの攻撃はイランの体制変化を意図したものではないといっている。バンス副大統領もイランとの戦争ではなくイランの核兵器開発に対する戦争だと言っている。
アメリカ合衆国は
- 他国の体制を変えたり領土を奪う戦争は許されない
- 自国に取っての脅威を取り除く行為は許される
と勝手な線引をしている。
これを許してしまうと各国とも勝手に脅威を宣言して形ばかりの外交交渉を行った後で騙し討のような形で他国を攻撃することが許されることになってしまう。国際的な調停機関はなく国連中心の集団安全保障体制は完全に崩壊したと言って良いだろう。
国連のグテーレス事務総長は国際の平和と安全に対する直接的な脅威だと強い調子で非難しているが非難している相手は安全保障理事会の常任理事国たるアメリカ合衆国である。
ただし問題点は別のところにありそうだ。
攻撃後のCNNやアルジャジーラの論調を見ると意外と一致点が多い。トランプ大統領は「完全な破壊」を宣言したのだがイスラエルは評価を避けている。またIAEAも外部への放射性物質漏れを確認できていない。バンス副大統領も評価を避けるコメントを出しており国防総省も評価は時期尚早としている。
要するにトランプ大統領の主張は国内向けの宣伝に過ぎず実効性は確認されていないということになる。ただし宣言してしまった以上追加攻撃はできない。なぜならば追加攻撃をした時点で「完全な破壊」が嘘とわかってしまうからである。
今回のアメリカの予防的先制自衛ではイランの激しい反応が予想されているのだが、実際にはイランはアメリカを刺激するような行動には出ないかもしれない。仮に何らかの影響があったとしてもホルムズ海峡でのタンカーへの間接的な嫌がらせに留まる可能性が指摘されている。
イランがホルムズ海峡を攻撃するとアメリカ合衆国対する事実上の宣戦布告と受け止められる。総力戦になるとイランは圧倒的に不利である上にヨーロッパや日本の参戦(日本は憲法上戦争はできないことになっているが……)を招きかねない。
しかしながらアメリカの攻撃を口実にしてIAEAの査察を拒み秘密裏に核兵器開発を進めることはできる。イランがロシアや中国などアメリカの台頭を喜ばない協力国を見つけることはそれほど難しくないだろう。アメリカもイスラエルも地上部隊を派遣しないので実際にイランで何が起きているのかを掴むのは難しくなる。
イラン爆撃の代償、核計画の実態一層見えなくなる恐れ-専門家指摘(Bloomberg)
一度核兵器開発を成功させると北朝鮮のように攻撃されなくなる。むしろ核兵器を手放したことでロシアからの侵略を許したウクライナのような事例もある。そもそもイスラエルは核兵器を持っているのでアラブ圏が独自の核兵器開発を行う可能性が出てきた。
つまり今回のトランプ大統領の軽率な動きで
- 世界秩序の破壊がより一層進み
- 世界各国に「最後に頼れるのは核兵器なのだ」という認識を持つ国が増える
ことは確実であろう。
さらにトランプ大統領はイランに対して「二週間の猶予を与える」と宣言していた。しかし実際には米軍が展開する数日を稼ぐための口実だった。B2爆撃機をグアムに展開させて囮として利用したうえでイランを攻撃している。
これはイランだけでなく各国に「アメリカは交渉相手を平気で撃ってくる野蛮な国だ」という印象を与えるだろう。少なくとも同盟関係にない国はアメリカ合衆国とはまともな交渉をしなくなるだろうと言う分析がアルジャジーラに出ていた。
トランプ大統領は今回の一件を共和党には事前報告し民主党には事後報告だった。仮にアメリカの経済が悪化すれば「共和党の戦争」「トランプ大統領の戦争」ということになり民主党には有利な状況が生まれる。
今回の戦争を巡ってはすでに民主党と共和党の間で認識のズレが生じており「イランに対する戦争」なのか「核兵器の脅威を取り除く戦争なのか」の意味付けを巡る争いが起きている。
このところアメリカ合衆国ではラベルの貼り合いが起きている。例えば何が「反アメリカ的」で「反ユダヤ的」なのかという争いである。こうした不毛な争いの向こうで世界の無秩序化が進行しているというのが現在の状況である。