最高裁判所が安倍政権下での生活保護減額に違憲判決を出した。厚生労働省の判断を違憲としたが国の賠償責任や厚生労働大臣の責任は認めなかった。
今回は厚生労働省が鉛筆を舐めて作った数字だけが間違いだったと指摘されている。
では厚生労働省には悪魔がいて生活保護受給者を虐めたのか。そうではない。当時の記憶を呼び覚ましつつ情報を整理してゆこう。
※野田政権の終わりの時期について事実誤認がありましたので訂正しています。
野党に陥落していた当時の自民党は大いに荒れ狂い天賦人権を否定する憲法草案をまとめるなどしていた。その一環として起きたのが生活保護受給者いじめだ。
自民党の野党時代は2012年12月26日に終わっている。野党だった時代の自民党のある議員のこんなつぶやきが今でもXに残っている。片山さつきさんは大蔵省出身で優秀なテレビ論客だった。しかし今や「天賦人権論をとるのは止めよう、というのが私たちの基本的考え(現在は投稿としては残っていないようだが)」という当時の無理な弁護発言ばかりが引き合いに出されている。もったいないことをしたものだ。
象徴的に芸人が取り上げられた。結果的にターゲットになった芸人は謝罪と返還に追い込まれている。
謝罪の中で芸人は「たびたび福祉の方と相談して決めた。問題があるとは想像もできなかった」と釈明したが当時の支持者たちは聞く耳を持たなかった。抗弁しても弁護人もいないまさに「いじめ」だった。
朝日新聞はこの当時の雰囲気を「ある一議員の問題」とは考えていない。選挙公約化されていたと指摘している。
この記事は2022年に書かれており政権復帰前の選挙公約なのかその後も維持されたのかについては明らかではない。政権復帰前に「フックのある政策」として継続されたということなのかもしれない。
朝日新聞には「そして政権復帰後の最初の予算編成で採用されたのが、問題のデフレ調整だ。」と書かれているため、政権復帰前に公約化されその実現のためにデフレ調整などが導入されたと捉えることができる。
安倍政権下での生活保護費の大幅な減額に、司法から改めてノーが突きつけられた。大臣の裁量権を逸脱または乱用したと断じられた厚生労働省はもちろん、国政選挙の公約に掲げて引き下げを主導した自民党にも重い責任がある。
(社説)生活保護判決 自民党の責任も重大だ(朝日新聞)
朝日新聞の表現をもとに類推すると「一部の政治家」たちは政権復帰に協力してくれた支持者たちが「自民党に投票してよかった」と思えるようにテレビなどで活躍する人たちを選択してターゲット化したと考えることができる。
しかしながらこの感情的な公約はやがて厚生労働省の官僚に無理を強いることになった。頭の良い厚生労働官僚たちは鉛筆を舐めて数字をでっち上げる。専門家に諮らなかったと指摘されている。つまり専門家に賛成してもらえるはずもない無理な案だったと最初からわかっていたのだろう。厚生労働省の担当者たちもかなり苦慮したのではないだろうか。
厚生労働省は、08年のリーマン・ショック以降に物価が下落したなどとして、13~15年に3回に分け、生活保護のうち食費や光熱費など日常生活のための「生活扶助」の基準を平均6.5%引き下げ、計約670億円を削減した。デフレ調整はこのうち約580億円分。
生活保護費の引き下げは違法 最高裁「裁量の逸脱、乱用」(共同通信)
同小法廷はデフレ調整について「物価変動率のみを直接の指標として用いたことは専門的知見との整合性を欠く」と指摘。厚生労働省の専門部会による検討を経ておらず、厚労相の判断には裁量権の逸脱、乱用があったとして、違法だとした。
生活保護減額、「違法」確定 受給者側勝訴、処分取り消し―各地の訴訟に影響・最高裁(時事通信)
この補正は2013年から2018年まで続いたために追加での支出が行われる方向で作業が進みそうだ。
しかし、最高裁判所は国家賠償責任は認めず、政治家である厚生労働大臣の責任も認めていない。つまり悪いのは厚生労働省であり政治家は関係ないと解釈できる「政治に忖度した」判決となっている。この判断を勝ち取るために生活保護受給者たちは10年以上の法廷闘争を余儀なくされ中には亡くなった人もいるということだ。
政治家が責任を取らないのはズルいという気はする。だが時代の変化も感じざるを得ない。
自民党が政権に復帰した当時の支持者たちは「下」を叩いていればよかった。ところが現在では社会保障費の抑制と減税などを求めている。「もうこれ以上頑張れない」という気持ちが強くなっていることがわかる。統計的に生活実感の変化を追うのはなかなか難しいのだが、おそらくかなり悪くなっているのではないかと思う。
政治の要請で無理やり鉛筆を舐めさせられた官僚たちは結果責任を問われるが政治家は無罪放免である。結果的に日本の優秀な若者はキャリア官僚を目指さなくなった。
日本の政党はまともなシンクタンクを持たず霞が関官僚の知恵に頼っている。優秀な頭脳がいなくなると当然選択肢は限られることになるため政党はおじいさんたちの話し合いで政党間談合を行うしかなくなってしまうのだ。
いじめと誤魔化しで政権を維持していた自民党もついには「大連立」でライバル政党を抱き込むしかないのではないかというところまで追い込まれている。結果的に政党政治は問題を先延ばししただけで何一つ解決しなかったのである。