このエントリーではトランプ政権内にある分断についてまとめる。
トランプ政権には旧来の共和党タカ派とアメリカ第一主義者という異なる支持基盤がある。
伝統的にはイギリスやイスラエルとの同盟関係を重要視してきたアメリカ合衆国だが近年では自国民をもっと優遇すべきだと言う声が増えている。これがMake America Great Again(MAGA)運動だ。このMAGAが従来の共和党の外交方針を上書きしつつあるというのが現在の状況であるが、上書きが完全に成功したわけではない。
中東戦争の記憶を持つ日本のメディアもイスラエル・イランの問題を大きく取り上げている。戦争は汚くて面倒だという基本認識があり、トランプ大統領のような強力なリーダーがこの災いを取り除いてくれるのではないかという希望的観測が基調にあるようだ。
イスラエルはハメネイ師暗殺をトランプ大統領に持ちかけていたが、トランプ大統領がこれを断ったとする報道が出ていたが、アメリカ政府高官の声として固定され公式化したようだ。
日本のメディアはこの一連の報道を根拠とし「トランプ大統領が災いから世界を守ってくれるのではないか」と希望的観測を振りまいている。時事通信はイランの体制が混乱することを懸念したのではないかと書いている。
しかし、ポリティコは数日の政権内での議論が今後のアメリカ外交の路線を大きく変える可能性があると書いている。
ポリティコの文章を細かく読んでゆこう。
ポリティコは従来アメリカ合衆国はイギリスとイスラエルの同盟を特別扱いしてきたとする。そのうえでアメリカ人の利益にのみ焦点を当てるべきと考える「アメリカ第一主義者」が増えているとしている。
ポリティコが例示するのはスティーブ・バノン、タッカー・カールソン、チャーリー・カーク、マジョリー・テイラー・グリーン下院議員、ジャック・ポソビエック、カート・ミルズ氏など日本では聞き慣れない名前が多く含まれている。
また、世代間にも分裂があるという。Z世代はアメリカ第一主義者が多く年配の人々は現状維持を望む。さらに、保守強硬派の中にも反ユダヤ主義者がおりトランプ大統領の発言も曖昧だ。
このポリティコの論調はThe Hillでも踏襲されている。FOXニュースのマーク・レビン氏はイラン強硬派だが元同僚のタッカー・カールソン氏から激しく攻撃されている。
マーク・ルビオ国務長官はもともと対外強硬派だった。彼のターゲットはイランと中国である。ルビオ氏は大統領選挙キャンペーンでトランプ候補と対立するのだが、その後はアメリカ第一主義者のメディアの常連出演者になるなどして徐々に転向していった。
Axiosもトランプ政権には大きく2つの派閥があると分析している。
一つはバンス副大統領・ヘグセス国防長官・スティーブ・ウィトコフ特使のチームだ。こちらは軍事力抑制派・外交優先派である。一方のルビオ国務長官とマイク・ウォルツ国家安全保障担当大統領補佐官(タイトルは記事執筆時点)は外交懐疑派だ。イスラエルのネタニヤフ首相もイランとの協議に反対しており外交懐疑派に位置づけられる。
今回の時事通信の「トランプ米大統領、イラン最高指導者暗殺に反対 情勢不安定化を懸念か」は、トランプ大統領がイランの体制が不安定化を懸念したトランプ大統領がハメネイ師殺害を拒否したと読める内容になっている。アメリカ合衆国が世界平和の守護者であって欲しいという日本人の願望が強く現れている。
確かにAxiosもアメリカの高官の発言として「トランプ大統領はハメネイ師殺害計画を除外した」と伝えており、いったんは外交優先派が勝利したと読み取れる。
Axiosの記事では「外交懐疑派」とされていたマイク・ウォルツ国家安全保障担当大統領補佐官はシグナルゲートで排除されている。この問題で最も大きな責任を負うべきなのはヘグセス国防長官だが、内紛の結果として旧来のタカ派が排除されたと考えることができる。ウォルツ氏の仕事は同じくタカ派であるルビオ国務長官が引き継いだ。
また軍事パレードにおいてもトランプ大統領の隣りに座っていたのはヘグセス国防長官だった。バンス副大統領は「アメリカの兵士を戦場に送らない」と宣言しており外交優先派が大きな影響力を持っているということがわかる。
外交優先派は「トランプ大統領の支持者は戦争を嫌っており、戦争を避け続けることでトランプ大統領の権威はいやが上にも高まる」とトランプ大統領に刷り込むことに成功しつつあるのかもしれない。
このような背景を考えるとトランプ大統領は自分の支持率を維持するためにイランへの軍事介入に極めて後ろ向きなのだと考えることができる。「無能な」バイデン大統領は戦争を防げなかったが自分は違うのだと言う強い自己認識がある。
一方で情勢悪化には余り関心がないのではないかとも考えられる。
イスラエルが事前に攻撃を通告した時に、トランプ政権は地域から連邦政府関係者と軍関係者を撤退させている。アフガニスタンの情勢が急速に悪化しアメリカ人が逃げ遅れたことが念頭にあったのだろう。このアフガニスタン情勢の急激な変化はバイデン政権の最初の失点と見なされるようになった。
ところが攻撃直前まで空域では航空機が飛び交っていた。当然アメリカ人も乗っていたと考えられる。つまりトランプ大統領は自分の評価が下がることは避けたいが地域情勢の急速な変化が自国や同盟国の安全にどのような影響が出るのかは全く考えていなかった可能性が高い。
さらに、外交懐疑派は全く諦めていない。長くなりそうなので別のエントリーで今後の情勢について考えたいと思う。