トランプ大統領のNATO訪問が終わった。
ヨーロッパはアメリカをつなぎとめるためにへつらいとも言える待遇を行い、日本は下を向き何も言えなかった。様々な事情がありヨーロッパのようにへつらいきれなかったのである。
トランプ大統領はネタニヤフ首相の恩赦を要求するなど放埒ぶりを示し続けておりイランのハメネイ体制も負けを認められずにいる。濃縮ウランは行方不明だがアメリカが作った「事実」では破壊されたことになっているので捜索はできない。また鉄槌を正当化したことで北朝鮮の核兵器開発と使用にお墨付きを与えることになってしまった。
実に様々なことが起きている。
逆に「日本のメディアが何も伝えなかった」ことに驚きを感じる人もいるかもしれない。記者クラブ体制で思考停止状態が長かったこともあり何も考えられなくなっているのだろう。
この思考停止が日本を危険な状況に追いやっている。
トランプ大統領がウクライナの記者を労う発言を行った。意外といい人なのかもと言う印象を持った。一体何があったのか。
BBCはルッテ氏がNATO事務総長に選ばれたのはトランプ大統領に媚びへつらうことができるからであると分析している。ルッテ事務総長はオランダ王室の協力を得てトランプ大統領の宿泊施設として王宮を提供してもらっている。国賓級の特別待遇を受けたトランプ大統領もついつい優しい気持ちになったのだろう。だがウクライナに対して具体的な支援は約束しなかった。
トランプ大統領はノーベル平和賞を熱望している。今回のイスラエルとイランの間の和平はそのための重要な成果ということになっておりそこから外れるシナリオは決して容認されない。
今回の一連の記事には実にさまざまな側面があるが、このトランプ大統領が考える平和が世界情勢にどのような影響を与えるのかが一つの注目ポイントになりそうだ。
アメリカでは軍からの初期リポートがリークされた。イランの核開発能力が完全に除去されたのかどうかはわからないという内容。また濃縮ウランが900ポンド弱行方不明になっているとされる。
しかしながらこの初期レポートは明らかにトランプ大統領のシナリオからは逸脱する。トランプ大統領は自身の英断によって下された鉄槌によってイランの危険性が除去されたという主張を「事実」のコアにしているため、ここから外れるシナリオは決して容認されない。
トランプ大統領は、CIAからイランの核施設は深刻な損傷を受けたとするレポートを発表させた。それだけでは飽き足らずイスラエルの原子力委員会からのレポートを配布し「イスラエルもこう言っている」と重ねて主張している。
この後、トランプ大統領は自身を戦争の泥沼に引きずり込んだはずのネタニヤフ首相に対するイスラエルの恩赦を要求している。
イスラエルはアメリカから独立した主権国家であり司法プロセスは行政と分離していなければならない。これはアメリカ合衆国が考える憲法秩序であり現在の国連体制を支える主権国家の根幹秩序だが、トランプ大統領はそれを全く理解していないと言えるだろう。
一方でトランプ大統領は軍の初期リポートを流出させた人々に対して宣戦布告をしている。
トランプ大統領は極めて強い敵味方思考を持っているとわかる。ところがこの敵味方は「その時に自分にとって役に立つか」によって分類されているため大きなゆらぎがある。
今回NATO首脳会談ではつかの間、優しい気持ちになりウクライナの記者を労いヨーロッパを守り抜くと宣言したが明日はどうなるかわからないとBBCの記者は締めくくっている。
NATOのへつらいぶりは傍から見ていて情けないものだったが情けなさと言う意味では日本といい勝負だ。ヨーロッパにはBBCのような権力から距離を置くメディアがありまだ救いがあるのだが、日本はメディアと政治が一体になって眼の前で起きている変化から目を逸らし続けている。
石破政権は初期に情勢を読み誤りイスラエルを非難する声明を出した。しかしながらアメリカが参戦したことで何も言えなくなってしまう。とはいえNATOのように腹を見せてへつらって見せるほどの度量もない。
結果的に「苦しさをにじませた」声明を出している。
23日になってようやくひねり出したのが「イランの核兵器保有を阻止する決意を示したものと承知する」(外相談話)とのライン。支持も批判もせず、理解を示す内容だった。外務省幹部は「同盟国の米国に『国際法上の懸念がある』などとは到底言えない」と苦しさをにじませた。
同盟と「法の支配」の板挟みに イラン攻撃巡り一時苦慮―日本政府(時事通信)
石破政権のこの中途半端な対応には自身の政治的な宙ぶらりんさが反映している。石破政権は戦後80年総括が出せずにいる。党内にいるいわゆる「保守派」の人たちの反発を懸念しているからである。
西田昌司議員の「ひめゆりの塔は歴史を書き換えている」という発言を批判し沖縄県にも遺憾の意をしめし、直接訪問している。現職総理としては野田佳彦(民主党)以来13年ぶりの訪問だそうだ。しかしながら、西田昌司氏は京都から立候補する予定になっている。
更にトランプ大統領がバンカーバスターを広島と長崎に投下された原爆に喩えた件について、林芳正官房長官は論評を避けた。
時事通信はイラン攻撃を巡る声明について次のような論評をしている。記者クラブ体制に依存しきった日本のメディアが思考停止状態に陥っていることがよく分かる。
外務省幹部は「同盟国の米国に『国際法上の懸念がある』などとは到底言えない」と苦しさをにじませた。
同盟と「法の支配」の板挟みに イラン攻撃巡り一時苦慮―日本政府(時事通信)
この記述の何が思考停止で、思考停止の何が問題なのか。改めて考えてみよう。
「友達だから何も言えない」「家族だから何も言えない」という関係を想像してみよう。
「どうもある人が暴力を振るっているようだ」と指摘されたとする。そのときに本物の友情や家族のつながりがあれば「ダメなことはダメ」といえる。ところが、関係が対等でないと「疑問を挟むようなことをすると友情が(あるいは家族関係が)めちゃくちゃになる」と反論したくなるかもしれない。
それでも本当のことを言い合えるのが友達(あるいは家族なのでは?)と重ねて問い詰めるのは逆効果だ。
ある人は「私を責めるのか?」と泣き出すかもしれないし、ある人は「私達の友情関係を壊そうとしているんでしょう!」と食って掛かるかもしれない。非対称な依存感関係には病的な構造が潜んでいる。その秘密を暴くことはその人の人格を崩壊させるような重大な侵害行為であり決して許されない。
日本の戦後の安定にはこうした病的な構造が潜んでいる。
時事通信は外務省幹部の言葉を伝えることによって「優しさ」を示しているのかもしれないが、実際には思考停止ぶりを露呈しているに過ぎない。日米同盟は対等で互恵的と本気で信じている人は誰もいない。それは敗戦以来80年間日本が隠し続けてきた本音であり、国家が崩壊しかねない重大な秘密だ。
しかし、これは単に心情の問題に過ぎない。国益を考えるならばここは悔しい気持ちをぐっと抑えて「国益に沿った判断」をすべきだろう。
では秘密を守り通すことは国益にかなっているのか。
今回のNATOの基本戦略はアメリカ合衆国があたかも特別な地位を持っていると錯覚させることだった。そのために持ち出したのが、アメリカは世界のお父さんという戦略である。社会学的には極めて緻密に作られている。
エマニュエル・トッドの分析によればドイツは強い父権主義の国である。直系家族 (la famille souche)と言われる。ドイツ系移民の子孫であるトランプ大統領はこの強い影響を受けている。父親が権威を持ち「何が正しいのか」を決めるのがトランプ大統領の基本的な考え方だ。アメリカ合衆国で起きている混乱はこのドイツ式直系家族主義とアングロ・サクソン(絶対核家族主義=la famille nucléaire absolue)の対立と考えられる。
ルッテ事務総長はオランダ人なので絶対核家族主義なのだがここで「ドイツ式の価値観」を持ち出した。トランプ大統領の個人的背景をよく研究しているのだ。
ではこの戦略は正しかったのか。
アメリカをNATOに引き込んでおくと言う意味では一応成功したといえる。ところがこれは実はかなり大きな禍根を残すことになった。
トランプ大統領は世界平和を望んでいるが、その一方で強い武器の必要性を強調するという矛盾したメッセージを送っている。父親は鉄拳制裁の特権を持たなければならない。つまりいつまでも鉄拳制裁ができる超国家的な暴力装置が必要ということだ。
国連が事実上崩壊している以上、アメリカのような超国家が必要なのではないかと考える人もいるだろうが、実際にはアメリカ以外にも「鉄拳」を持っている国がある。
北朝鮮のようにすでに核兵器を開発した国は「鉄槌の精緻化と維持こそが国体を護持する最も効果的な方策」と理解するだろう。現在、核兵器を持っている国はアメリカ、中国、ロシア、北朝鮮、インド、パキスタン、イスラエル、イギリス、フランスである。日本は周りを核兵器保有国に囲まれている。
イランの指導者も高齢でおそらく現状を受け入れることはできていない。今回の一連の出来事はイランにとっての勝利であり、核技術(彼らは核兵器とは言っていないが)の保持を主張し続けている。さらにIAEAの査察受け入れも拒否する姿勢を見せている。
実は今回の一件で濃縮ウランが900ポンド弱も行方不明になった可能性が指摘されている。ところがトランプ大統領が「イランはウランを持ち出せなかった」と主張し続けており国防総省もその線で声明を出している。
つまりアメリカ合衆国もイスラエルも行方不明の濃縮ウランの捜索ができない。なぜならばそれはもうなくなったことになっているからだ。イラン側が負けを認めずIAEAの査察を拒否し続けてもアメリカ合衆国が再度イランを攻撃するのは難しい。そもそも核兵器開発能力は完全になくなったことになっているからである。
「お父さんのシナリオ」はすでに破綻しているが、誰もお父さんに「そのシナリオは破綻していますよ」といえない。少なくともヨーロッパと日本はそれが言い出せない。
結果的に核の脅威が温存され北朝鮮の核兵器開発と維持を正当化することになってしまう。
それでも時事通信の理屈に従えば「同盟国の言っていることには黙って従わなければならない」事になってしまう。
石破政権と自民党内保守派の抵抗と日本人が持っている「アメリカには逆らえないとわかっているがその事実を認めたくない」という卑屈さこそが日本を危険な状態にさらしていると言えるだろう。
“トランプ大統領にへつらうNATOと何も言えない日本” への2件のフィードバック
ルッテ氏も繋ぎ止めの為のお世辞とは言え自分の立場で言ってはならない
事を言ってしまった感はありますね。トランプを世界のお父さんと言ってし
まうのは北朝鮮や統一教会の体制を全肯定するのと一緒なんではと思ってし
まいます。あれらも国家や教団の指導者を「お父様」と呼ばせてますからね。
この発言で双方我々の体制はNATOからも認められたのだと思ってそうで嫌
になります。当然ロシアを筆頭に父権主義的な傾向が強い国々も大歓迎して
るでしょうね、生意気な民主主義は敗北し我々の時代が訪れたのだと。
ご無沙汰しています。ルッテさんはこれくらいへつらえるからこそNATOの事務総長に選ばれたんだという論評をどこかで読んだ事がある気がします。